無意識の涙


目が覚めたら枕が濡れていた。
はっとして鏡を見れば、目が赤い。
……酷い、顔。
望(のぞみ)はぼんやりと思った。


出勤すれば自分の席は隅に追いやられている。
自分のいた所には他の人間が座っている。
去年、身体を壊した自分のせいだ。
使えぬ人間の首を切らずに此処に置いてくれているだけ有難いことなのだ。
贅沢はいけない。
望はそう自分に言い聞かせていた。


帰りに街中で偶然先輩に会った。
少し飲もうということになり、居酒屋に腰を落ち着けた。
「……身体を壊していたんだ」
知らなかったらしく、先輩は目を丸くした。
「で、仕事には戻ったの」
「戻った……と言えるかどうか」
望は苦笑した。
「何か色々、外されて」
じっとビールのジョッキを眺める。
「自分が仕事が出来なくなったから、代わりに新しいスタッフが3人も雇われたんですよ」
笑って、言葉を続ける。
「だからもう、元に戻りたくても戻れないです」
「酷いね、それ」
望は思わず顔を上げた。


酷い、という言葉は思いつかなかった。
その新しいスタッフが雇われたという事実を知った時も。
ショックだったのは確かだけれど。
……でも。
本当は心の底では「酷い」と言いたかったのかも知れない。

「酷いね、それ」

その言葉に泣きそうになったのは何故だろう。
人前では涙は流さなかったけれど。
いや、人前どころか意識が覚醒している状態でも泣けないのだ、自分は。


そして、今朝も。
泣き腫らした顔で目を覚ます。




(終わり)






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