顔を上げて


――ああ嫌だ嫌だ。
職場からの帰り道。
千尋(ちひろ)は溜息ばかりついていた。
足取りは重い。
それもこれも他人の失敗はネチネチとつつくくせに、自分の失敗は他人のせいにする上司のせいだ。
秋の人事でどっか他の部署に異動してくれないかな。
こっそり思いはするが、現実が変わるかどうかは別だ。


あまりに疲れたので、カフェに入ってアイスコーヒーを頼み、椅子によろよろと座り込む。
ついでにアイスコーヒーに少し口をつけ、煙草に火をつける。
全く。やってらんないよ。
お腹の中でそう呟く。
こんな日は、家で独り飲んだくれるに限る……のだが、あいにく千尋はアルコールが全く駄目だった。
苛々と1本目を消して、2本目を取り出そうとして――気がついた。
箱は空だった。
くそっ、と空き箱をくしゃっと握り潰した。
もういい。
帰ろう。
そう思った瞬間だった。
お店のBGMが或る歌のインストに変わった。
……この、歌は。
気がつくと、衝動的に携帯の着うたサイトにアクセスして、その歌をフルでダウンロードしていた。
すぐに、イヤフォンをつけて再生する。
流れてきたのは、まるで心を奮い立たせるような歌。
艶やかな男性ボーカル。
弱りかけている心に栄養剤が注入されたかのように、千尋はゆるゆると顔を上げた。
ぱっと視界が開けたようだった。

上司なんかくそくらえだ。
ぶっ潰してやろうじゃないの。

千尋は3回その歌を聴くと、イヤフォンを外し、携帯を鞄に放り込んで、立ち上がった。
コップを返却口に戻し、足取りも軽くお店を出た。


明日は負けない。
負けるなんて、思えなかった。
千尋は顔を上げてまっすぐ家に向かって歩き出した。




(終わり)





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