年賀状


お正月。
初詣は面倒くさい。
寒い中外に出るくらいなら、家でぼんやりテレビを見ていた方がいい。
未だ実家暮らしの美里の場合、仕事が休みの正月は日曜日のお父さん状態と化す。
母親には嫌な顔をされるが、それでも炬燵に潜り込む。
「美里っ! ポスト見て来て!」
嫌だなあとは思ったが、美里はのそのそと炬燵から這い出た。
そして、ポストに入っている筈の年賀状を取りに行く。
とは言っても、大概父や母宛ての葉書ばかりで、自分宛てのものがあるかどうかは極めて怪しい。
友達の数は少ないし、美里は付き合いが淡白なたちで、友情が自然消滅することも多いからだ。
ところが。
年賀状の束をポストから取り出し、仕分けをしているとポツンと1枚だけ、自分宛ての年賀状を見つけた。
大学時代の友人で、今は立派に2児の母、家庭を切り盛りしている真希からのものだった。
もう5年くらい会っていない。
葉書には子供達の写真と決まり文句の他に、直筆のメッセージがあった。

『深田先輩も旦那さんの転勤でこっちに帰って来ています。またみんなで会えたらいいね』

その途端。
美里は5年前の同窓会を思い出した。



5年前。
大学の同じ専攻だった人間達で集まろう、という話が持ち上がった。
小さな専攻だった。
美里が入学した頃は上級生も含めて10人足らず。
従って、上も下も仲良しだった。
だから、話が持ち上がった時、全員出席となった。
美里は大学院の修士論文を提出して一息つき、真希を含め同級生は母親になり、先輩達も大概結婚していた。
従って、話題は家庭の話。
子供の様子。
公園デビュー。
夫や妻に対する愚痴。
嫁姑問題。
美里はふむふむ、と聞くことに徹していた。
独身者は美里を含めて3人。
うち1人はあと3ヶ月後に結婚することが決まっていた。
だから、本当に独身なのは深田先輩と美里だけだった。
けれど。
既婚者だらけの集団の話だが、聞いてるだけならなかなか面白いものだった。



「つーか、崎谷は結婚しないの?」
……何故こうなる。
ひとしきり家庭内の出来事を話したり愚痴ったりすると、既婚者たちの矛先は独身者に向かった。
「彼氏は? 彼氏!」
「いるならさっさと嫁に行った方がいいよ〜」
「歳とるとどんどん嫁に貰ってくれる人なくなるからね〜」
容赦がない。
……それはそうかも知れないけれど。
美里は困ったように笑った。
「あ、深田ちゃんは彼氏とまだ続いてんの?」
今度は深田先輩。
彼女はバリバリ働いていた。
「続いてます。あ、そうだ!」
深田先輩は、ぽんと手を打ったかと思うと、言葉を続けた。
「夏に結婚が決まったんです!」
おおっ、と周りがどよめいた。
「おめでとう!」
「良かったね!」
自然と拍手が起こった。
隣に座った美里も他人事なのにとても嬉しかった。
深田先輩は本当に嬉しかったのだろう。
ウキウキとしていたのだろう。
美里にこう言った。

「ごめんね〜崎谷さん、私、独身組から抜けるから!」

ドッと周りが沸いた。
ははははは、と美里も笑った。
しかし。
内心、怒りが込み上げていた。
深田先輩に対して。
周りの人達に対して。
……悪かったね、行き遅れで。
その後。
美里の怒りはおさまることはなく。
従って、こういった集まりに出ることもなく。
深田先輩の結婚式に出席することもなく。
大学時代の同級生や先輩達から季節の便りが来ても返事を書かず、無視し続けた。



それでも、真希からは年賀状が毎年送られて来る。
美里は返事を書かない。
だから他の同級生や先輩達からは年賀状さえも来なくなって久しいのに。
それなのに、必ず送られて来る子供の写真入りの年賀状。
……何で子供の写真なんか載せるんだろう。
この御時世、危険だとか思わないんだろうか。
美里には友人の心情はよく分からない。
そんなことを思いながら、炬燵に入って頬杖をつき、葉書をつらつら眺める。
「あら、珍しい。美里に年賀状?」
母がひょいと美里の賀状を覗き込んだ。
「うん……」
美里はお茶をすすって言った。
「お母さん」
「何?」
「年賀葉書、余ってる?」
「少しならね」
「……1枚頂戴」
……たまには返事を書いてみようか。
母親から年賀葉書を受け取って。
何となくボールペンを手に取って。
美里は真希への返事をどう書こうか考え込んだ。


『あけましておめでとうございます。
お年賀ありがとう。
私は元気です。
息子さん達、大きくなったね。
また会えたらいいね。
今年もよろしく』


……まあ、いいか。
会うつもりはないけれど。
美里は書き上がった年賀状を手に、立ち上がった。
「……ええと」
ポストに年賀状を出して来る、と言うのが何だか恥ずかしい。
「コンビニ行って来る」
「あ、ついでにお菓子買って来て」
「はあい」
寝癖のついた髪は帽子を被ってやりすごし。
着ていたジャージの上にはダウンを羽織り、ポケットに年賀状と財布を突っ込んで靴を履き、ドアを開けた。
途端に、犬小屋の中から犬が出て来て尻尾を振った。
「しょうがないな。お前も行く?」
犬は言葉が分かるのか、ぶんぶん尻尾を振った。
……おかしいな。
ポストに年賀状を出すだけだった筈なのに。

「まあ、いいか」

犬に引っ張られるようにして、家を出る。
澄みきった青空の下。
美里は足取り軽やかに、コンクリートの道を何処までも歩いて行ったのだった。




(終わり)






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