益代さんの買い物


透子(とうこ)は憂鬱だった。
海外、しかも南の国に来たというのに。
1週間の休暇だというのに。
それもこれも。
「透子〜ちょっと出かけない?」
全て、この人のせいである。
透子の母、益代(ますよ)さんだ。
益代さんにとって、外国は。
言葉が通じない。
土地勘もない。
食べ物や水も違う。
よって、益代さんは此処では、

『1人では何も出来ない』

ただでさえ、単独行動を嫌うのに、海外ではその傾向が顕著に出る。
それでも何故、益代さんがこうして外国にいるのか。
それは、愛する息子が此処で働いているからである。


透子には3歳上の兄がいる。
達也(たつや)さんといって、両親の自慢の優秀な息子さんである。
学校では、式典の際に生徒代表に選ばれるような文武両道な学生で、人望もあり、よくモテる、鳶が鷹を産んじゃったのを体現したような人である。
だが。
両親にとっては可愛い息子で、学校ではスターであっても。
会社にとってはちょっと厄介な存在であった。
あまりに頭が良すぎて、納得がいかないと上司を言い負かすことが度々あったのだ。
で。
結果。
海外の支社に飛ばされてしまい、本人は其処での生活を満喫しているという訳である。
しかも、日本に殆ど帰って来ない。
仕方なく、日本の家族が此方に遊びに行くことになる。
益代さん曰く。
「達也がいるうちでないと、遊びに行けないでしょ」
そうは言っても、益代さん1人では行けないのだが。
かと言って、父親は、
「たまには家で呑気にしていたい」
と言って同行を拒み、残った透子がお供をせざるを得なくなるのである。
よって、今回も父親は家で犬と平和な留守番の日々を送り。
透子は達也さん共々、頭を痛める日々を過ごすことになったのだ。


さて。
達也さんの暮らすサービスアパート(長期滞在者用の高級アパート。掃除と洗濯は他人が毎日やってくれる)の別の部屋に宿をとっている2人だが、早くも益代さんが退屈を訴え、お守り役の透子がショッピングセンターに連れて来た。
「サンダルが欲しいのよね〜」
そう言う益代さんの足元は達也さんの部屋から無断借用したビーチサンダルだ。
南の国の強い陽射しを避ける為の、ブランドものの薄手の長袖Tシャツにジーンズ。
なのに、足元は男物の大きなビーチサンダル。
透子は早くも貧血を起こしかけていた。
ショッピングセンターに入ってまもなく、益代さんが靴屋を見つけた。
南の国だけあって、半分以上はサンダルだ。
流行なのか、比較的、下駄やビーチサンダルのように、鼻緒がついているタイプが多い。
益代さんが選んだのもその1つであった。
くるっと振り返るなり、
「ね〜透子〜」
「知りません」
これが欲しいと店員さんに言ってくれと言わんばかりの益代さんだが、娘に知らん顔されたらどうしようもない。
仕方なく、自分で店員を呼ぶことになる。
透子はわざとその場から離れて、他の靴を品定めし始めた。
ちょっと、気がかりなことがあった。
それは、益代さんが値段を見ずにサンダルを買おうとしていること。
一応、さりげなくチェックして、買える値段なのは確認済みだが。
それにしても。
……高いなあ。
日本円にしたら、大して高くはないけれど、そのサンダルは、この国の最低賃金の約6倍。
それでも知らない振りをしておく。
一方、日本語しか喋れない益代さん、身振り手振りで自分のサイズをオーダーし、何とか店員さんとのやりとりを続け、気に入ったサンダルを購入した。
だが。
レジの所で初めて値段を見てギョッとした顔をしていたのは、透子の気のせいではない筈だ。


「あ、ブランドものの下着がある〜」
日本のメーカーの高い下着のコーナーを目ざとく見つけた益代さん。
今度はちゃんと値段を見て、日本よりも安いのを確認してから、買う気満々で自分のサイズを探し始めた。
しかし。
「ワイヤー入りしかない……」
益代さんはワイヤー入りの下着は嫌いだ。
ワイヤーが入っていないものを少し見つけはしたのだが、サイズが合わない。
悲しそうな顔になったかと思うと、
「ね〜透子〜」
と来た。
「自分で聞けば」
当然、透子は突き放す。
すると、益代さんの元に、店員さんが近寄って来た。
その店員さんに向かって、益代さんは、値札についているサイズを指差しながら訴えた。


「サイズ、ナナジュウゴ、ハチジュウゴ」


……此処は日本ではない。
透子は吹き出しそうになった。
これでも益代さんは英語で話しているつもりなのである。
どう聞いても、怪しげなアクセントの日本語にしか聞こえないが、サイズの指差しと、欲しいタイプの商品の指差しで、店員さんは分かってくれたようで、下着の山の中から益代さんの希望するものを幾つか取り出してくれた。
益代さんはその中から吟味して、めでたく購入となった。
買い物に関しては、益代さんは何処であろうと、いつもきちんと要求を通すのである。
しかし。


「あ、透子〜。おかーさんお金なくなっちゃった〜。代わりに払って〜」


……またか。
確か、空港の免税店でも機内販売でもこのパターンで代わりに支払いをした気がする。
透子は思った。
後で兄にたかって何か買ってもらい、帰国したら父親から益代さんが使ったお金を取り返そう。
そう、かたく決心しながら。
溜息をついてレジに向かったのだった。




(終わり)







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