益代さんの墓参り


墓参り。
透子(とうこ)が気疲れする行為の1つだ。
いや、墓参り自体には何の問題もない。
父方祖父母の墓の掃除をし、花を供えて線香を焚き、亡き祖父母に対して「頼むから墓の中から出て来ないで下さい」とお願いすればいいのだし。
気疲れの原因。
それは、生きている人間の方にあるのである。



早朝。
透子は益代(ますよ)さんを伴って、空港にやって来た。
父方の祖父母が眠る墓は電車で行くには少々遠い場所にある為、いつも飛行機を利用する。
――父方の、祖父母。
しかし、実の息子たる父親は墓参りには滅多に行くことがない。
「犬を独りで留守番させる訳にはいかないだろ」
留守番なら、孫の透子か嫁の益代さんがすればいいのである。
何故、墓参りを父親が嫌がるのか。
それは、気難しかったらしい祖父と教育ママだったらしい祖母を生前から敬遠しているきらいがあったのと。
「透子、これどうするの?」
一緒にいると間違いなく苛々する益代さんがもれなく同行するからである。
「自分で考えましょう」
「分かんないわよ、お母さん機械苦手なんだから」
航空会社はかなり分かり易く書いてくれている、と透子は思うのだが。
最早考えることを放棄しているとしか思えない。
何でも聞けばいいというものではない。
透子に知らん顔をされた益代さんは、仕方なく自ら機械と対峙した。
しかし、機械にあっさりナメられた挙句、航空会社のスタッフの手を煩わせることとなったのだった。



「お土産、買わなくちゃね」
墓参りに行く際には必ず父方の親戚のところに顔を出すので、当然、土産は必須なのだが益代さんが買う物と言えば。
益代さん好みの饅頭。
益代さん好みの煎餅。
益代さん好みの漬物。
しかも試食もせずに見た目で購入。
「あの〜、一応聞くけど、これは誰に買ってるの?」
透子の言葉に益代さんは自信満々に答えた。
「美由紀さんにだけど」
「……何か、違うような気がしますが」
「どうして?」
「だって叔母さんはお饅頭とかお煎餅よりもケーキとかクッキーでしょ?」
透子が子供の頃から、叔母の家のお菓子と言えば、洋菓子と決まっている。
しかし。
何言ってるの、と益代さんは笑った。
「おかーさんと美由紀さんは同い年よ? 好みは同じに決まってるじゃないの」
「は?」
「昔はケーキなんかなかったの!」
「いや、それはそうかも知れないけど」
そういう意味じゃなくて、と透子は言った。
「歳が同じだからって、食べ物の好みが同じとは限らないでしょう」
「同じよ〜」
「その根拠は何」
「同じに決まってるからよ」
透子には理解出来ない理屈である。
「だってあの家、うちと違って緑茶はあんまり飲まないし、いつも珈琲でしょう?」
「珈琲だっていいじゃないの」
「へ?」
「お饅頭食べる時に珈琲だっていいでしょ?」
「いや、悪くはないけど」
お饅頭とかお煎餅とか、叔母さんはあんまり食べないんじゃないだろうか。
お煎餅なんて、歯が悪かったらどうするんだろう。
透子は天を仰いだ。



空港から街に出て、タクシーで墓地に向かう。
墓を掃除し、用意した花と線香を供えて手を合わせる。
そして、待たせていたタクシーで叔母の美由紀さんの家に行けば。
「まあ、ようこそ。いらっしゃい」
おっとりとした美由紀さんが迎えてくれた。
叔父はたまたま不在で、家にいたのは美由紀さんと幾分――いやかなりメタボな猫と犬であった。
……相変わらず、叔父さんが溺愛しているのか。
猫と犬の体型を見て、透子は内心溜息をつく。
「まあ、あれも花が咲いたのね〜」
リビングに通された益代さん、早速庭のチェックを始めた。
「今年はわりと綺麗に咲いたんよ」
「へえ〜いいわねえ。あれは植えて結構経つわよねえ?」
「此処に越して来た時植えたから……もう20年くらいになるんやない?」
「ああ、もうそんなになるの」
「でも綺麗なんは1年おきよね」
「果物なんかもそうよねえ。1年置きでしょ、よく採れるのは」
「そうやねえ。今年は柿がよくなってたしねえ」
「あたしベランダに干したわよ」
「ああ、そっちは渋柿だったわね」
……あの〜、ずっと立ったままなんですが。
座りたいんだけどなあ。
その場を動かずに立ったままでいること20分。
同い年だから同じ、という益代さんの言い分は正しいのかも知れないと思いながら、透子の苦行はまだまだ続くのだった。



「ああこれ、お土産なんだけど」
やっと座れてほっとした透子の傍で、益代さんは土産を差し出した。
「あら〜。いつもすみませんねえ」
美由紀さんはにこにこと土産を受け取り、奥に引っ込み、少ししてから珈琲とロールケーキを載せたお盆を手に戻って来た。
犬は庭からリビングをじーっと眺め、猫は部屋の隅からお客の品定めをしつつ、2匹共におやつを狙っている。
叔父がこの場にいたら間違いなく彼らにケーキをあげているだろう。
「あら〜ロールケーキ!」
「いつも同じで悪いんやけど」
「そんなことないわよ〜。透子は毎年これを楽しみにしているんだから!」
……わ・た・し・が、と言え!
他人のせいにするな!
そう言いたくとも言えない小心者の透子は、頂きます、と言ってカップを手に取った。
益代さんの方は美由紀さんと仲良くお喋りしながら、カップにミルクモドキな油脂と砂糖を1つ加えてかき回している。
益代さんはお茶も饅頭も煎餅も好きだが、たまに飲む珈琲やケーキも好きなのである。
タダで食べられるものは特に。
「このケーキ、近くのお店の?」
「ええと……車で15分くらいかなあ? この辺では結構有名なんよ」
「美味しいわよねえ」
「いいでしょう? 近くに行くとつい買ってしまうんよ」
益代さんと同じく、美由紀さんもカップにクリープと砂糖を入れてかき混ぜている。
「太るって分かってるんだけど、つい食べちゃうしね〜」
「そうなんよ。あると食べてしまうんよね」
「毎回健康診断でコレステロールが高いって言われてるんだけどね〜」
「同じよ。でもまあ少しならいいかなと思って」
「大丈夫よ〜メタボだって診断される人ってもっと凄いから」
……アナタ方には自制心というものはないのか。
透子は借りてきた猫のように大人しく振る舞いながら、内心そんなことを呟いた。
そして。
後で益代さんのお土産の中身を見たら叔母さん困るだろうな、等と考えたのだった。



1時間後。
うんざり顔の透子を尻目に、益代さんと美由紀さんの話は同居の家族に及んでいた。
「……だって大変でしょう、哲郎さん家にいるんでしょ」
「そうなんよ、週3日だけしか働いてないから家にいることの方が多くて……」
「また、細かいからね〜!」
「余計なことに気がつくもんやから。ほら、私が大雑把やろ? 大変よ、もう。お義母さんより煩いんよ」
「のんちゃんは?」
「ああ典子はね〜あの人が煩いからちっとも帰って来ないのよ」
「困ったわねえ」
「そちらはいないんやろ?」
「お陰様で、一応毎日仕事には行ってるわね〜」
「いないんが一番よねえ」
「本当。お昼いらないから」
「あの人が家にいると出かけられないしねえ」
「ああ、哲郎さんはね〜」
「買い物行くんも大変なんよ。もう息が詰まって」
「だって自分が家にいる時に美由紀さんいないと嫌なんでしょ?」
「私の帰宅が遅かったりすると大騒ぎよ」
「大変よねえ」
「家ではちっとも動かないしねえ」
「うちもそうよ〜」
主婦の愚痴を聞くこと程恐ろしいものはない。
叔父がわざわざ外出したのも無理はない、と透子は思う。
この後、タクシーで乗りつけたレストランに場所を移して、同い年の主婦の話は延々と続くのだった。



父親が墓参りに行かない最大の理由。
それは、主婦2人の愚痴――ガス抜きには付き合えないから。
……全く! 嫌なことは全部私に押しつけるんだから!
延々続く愚痴に頭を痛めながら、透子はお腹の中で父親を罵り続けた。




(終わり)






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