さくら


数日後。
新聞で梅雨明けを知った。
夏がやって来たのだ。
庭からうるさいくらいに蝉の声が聞こえる。
部屋では扇風機が大活躍し、軒先には風鈴が吊るされている。
家事も手伝わず縁側で独り涼んでいると、猫が1匹、迷い込んでいるのに気づいた。
まだ、若くて毛並みもいい、綺麗な猫。
猫は私に近づき、足元にまとわりついた後、座ってこちらを見上げている。
首輪はない。
野良のようだ。
水でもあげた方がいいんだろうか。
麦茶の中の氷をつまみ上げ、掌にのせて鼻先へ持って行くと、ペロペロと舐めた。
……くすぐったい。
「猫が来たんですね」
後ろから声がかかった。
私は頷いて、氷を石の上に置いた。
氷に夢中になっている猫をじっと見つめているうちに、ふと或ることを思いついた。
意を決して振り返る。
「友藤(ともふじ)」
「はい」
「この猫、飼っても、いい?」
実家では許されなかったこと。
でも、この家なら。
彼なら、もしかしたら。
私の必死な顔がおかしかったのか、彼は笑い出した。
「いいですよ」
後で獣医に連れて行きましょう、という言葉にほっと胸を撫で下ろす。
足元に視線を戻せば、氷を舐め尽くした猫がもっとくれとばかりに私を見上げている。
そっと抱き上げたけれど、暴れることもなくじっとしていて動かない。
「女の子ですね。名前はどうします」
――名前。
女の子。
冬の後に訪れる、春の花のような。
「――さくら」
私の言葉に猫は、にゃあ、と鳴いた。





(終わり)







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