穏やかな日々


庭を掃除していると、後ろから声が聞こえた。
「もう秋の風が吹いてるね」
縁側で猫を抱いているばかりのひとが、そう言った時、思わず振り返ってしまった。
藍木綿の単衣をまとい、髪はさらさらと風に揺れている。
「そう思わない? 友藤(ともふじ)」
「……そうですね」
ずっと側にいるけれど、この主はほとんど喋らない。
だからといって、決して不快ではない。
このひとの周りにはいつも穏やかな風が吹いているから。
――でも。
「……発情期なら暇をやるから、遊んでおいで」
「それには及びません」
カンが良すぎるのはこの主の欠点だ。
そのカンははずれた試しがない。
「今日は特に何もないから、外に出て来ればいいのに」
「……外に出たからといって、気持ちが静まる訳ではありません」
私は主に強い視線を当てる。
主はそっと目を伏せた。
「……知ってる」
小さく、呟く。
「でも、私は役には立たない」
「……分かっています」
私は主の元へと歩み寄る。
そのひとはゆらりと顔を上げた。
膝の上の猫が逃げてゆく。
「……お茶にしましょう」
私はその白い顔に手を伸ばしたいのを堪えて、言った。
「この前頂いた八ツ橋が残っています」
「そうだね」
私は縁側に上がり、そのひとの脇を通り抜けて台所へ向かった。
暇など貰うものか。
これもまた戦いなのだから。
いつまで続くとも知れぬ、苦しくも甘美な争いを、こうしてまた私達は繰り広げる。
一つ屋根の下で。
「お茶が入りましたよ」
そう、微笑みながら。




(終わり)





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