「――何を、願っているんだ?」
 邪魔をするのは悪いと思いつつ、つい訊ねてしまった。
 彼女は瞳をゆっくり開けると、嫌な顔一つ見せずに僕の方を見て、口許に笑みを浮かべた。
「何だと思う?」
「分からないから訊いているんだけど……」
 僕が言うと、彼女は今度は小さく笑い声を漏らし、自らの唇に人差し指をくっ付けた。
「それはね……秘密」
「何だよ、それ……」
「だって、言ってしまったら、願い事が叶わないような気がするから……。
 そう言うあなたは、何をお願いしたの?」
「えっ……それは……」
「『それは』?」
 僕は少し考えながら、それでも思いきって口にした。
「――君が……幸せであるように、と……」
 僕の言葉に、彼女は目を見開く。
 あの幼い日と同じように。
「私の……幸せ……?」
 言葉を噛み締めるように繰り返す彼女。
 僕は微笑を浮かべながら頷いた。
「ああ。しつこい男と思われるだろうけど、僕にとって、一番大切なのは君だから……。
 どんな道を歩んでもいい。もちろん、隣にいるのが僕じゃなくとも……。
 君が幸せならば、僕も幸せだから……」
 僕の言葉を、彼女はどんな想いで受け止めたのだろう。
 驚きつつ、しかし、「ありがとう」と小さく口にした。
「私……凄く幸せ者だよ。自分が傷付けた人に、今でもずっと想ってもらえるなんて……。
 本当は、さっきまで自分は不幸な人間だと思い込んでいたけど、それは違うよね。
 ありがとう。あなたのお陰で、救われたような気がする」
 彼女はそう言うと、僕に満面の笑みを見せた。
 先ほどの涙の跡は、まだ頬に残っている。
 だが、そんなものも消し去ってしまうような、綺麗な笑い顔だった。


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