「違うんだよ……」
 俺はやっとの思いで口にした。
「俺も、亜梨花が好きだった。けど、俺はあの時からもう、ここを出るって決めていたから。
 だから俺は、ここに残るお前を〈俺〉という存在で縛り付けたくないって考えてた……」
 俺はそこまで言うと、亜梨花を自分の元へと引き寄せた。
 真夏の炎天下の下、しかも白昼堂々とこんな事をするのはどうかしている。
 頭では分かっていたが、一度溢れ出た感情は抑える事が出来なかった。
「ごめん……亜梨花……」
 俺は耳元で囁きながら、亜梨花を強く抱き締める。
 亜梨花は最初、俺の行動に戸惑っていたようだが、そのうち、今度は亜梨花の方から俺の背中に両腕を絡めてきた。
「――貴之は昔っから、頭に〈馬鹿〉が付くほど真面目だから」
 俺の腕の中で亜梨花が言った。
「相当悩んだんでしょ? 私を振ってからもずっと……。なかなか帰って来なかった理由も、これでやっと分かった」
 亜梨花は顔をもたげて、俺を見上げてきた。
 その表情からは憂いなど一切なく、寧ろ清々しささえ感じさせる。
「ねえ、一つお願いしていい?」
 亜梨花は小さく笑みながら俺に訊ねてきた。
「何?」
「――キス、して」
「えっ! ここでか……?」
 まさかの台詞に、俺はすっかり狼狽する。
 亜梨花はそれを楽しそうに見つめながら「そう」とあっさり返してきた。
「だって、貴之は私に悪い事したってずっと思ってたんでしょ? だったら、それ相応の償いはしてもらわないと割りに合わないよ。――ね?」
「いや……確かにその通りだけど……」
 俺は目を忙しなく動かしながら辺りを見渡す。
 幸い、この周辺には人はいないようだ。
「――分かった」
 俺は意を決した。
 灼熱の太陽に晒されているからだけではなく、全身の体温が異常なほど上昇しているのが自分でも分かった。
 亜梨花は瞼を閉じている。
 とにかく、人が来る前に済ませてしまおう。
 俺はそう思い、やや急いで亜梨花の唇に自分のそれを重ね合わせた。
 本当に、触れる程度の口付けだった。


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