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しばらく歩くと、川が見下ろせる橋に辿り着いた。
俺はその場に立ち止まると、そこから川を眺めてみた。
快晴である事も手伝い、流れは穏やかなもの。
その中で、小学生ぐらいの子供が、服が濡れるのも気にせずに水遊びをしたり、釣りを楽しんだりしている。
そんな無邪気な彼らを遠巻きに見ていると、懐かしい気持ちが蘇る。
亜梨花を傷付け、泣かせてしまったあの日の事も――
――あいつ、今頃何をしてるんだか……
忘れるつもりだったのに、あの時の事は、まるで古びた錆のように頭にこびり付いて離れない。
間違った事はしていなかった。
しかし、亜梨花の真摯な想いを踏み躙ったのは紛れもない事実。
あの後、俺は泣いて走り去る彼女を追う事も出来ず、ただ、その場に立ち尽くしていたのを憶えている。
俺には、亜梨花を追い駆ける資格なんてなかったのだ。
――それなのに、未練たらたらで情けないよな、俺……
そんな事を思いながらひっそりと微苦笑した時だった。
「貴之……?」
背中越しに、透明感のある女物の声が耳に飛び込んできた。
途端に、俺の心臓は急激に速度を増した。
この声には憶えがある。
幼い頃から何度も聴き続けていたし、何より、今まさに考えていた女の声だったのだから。
俺は逸る鼓動を落ち着かせようと、深呼吸を一つしてゆっくりと振り返った。
「ああ。やっぱりそうだった」
女は俺と視線が合うと、にっこりと愛らしい笑みを向けてきた。
「亜梨花……」
俺は掠れ気味の声で、女の名前を口にした。
目の前にいる亜梨花は、以前と変わらず華奢な身体付きをしている。
長めの黒髪は後ろでアップにし、夏に不似合いな白い肌の上からは、空にそのまま溶け込んでしまいそうな水色のワンピースを身に纏っている。
「久し振り。元気だった?」
屈託なく訊ねてくる亜梨花に、俺も心なしかホッとしながら「ああ」と、口許を綻ばせた。
「亜梨花も、元気だった?」
「うん。元気してたよ」
酷く傷付けたはずなのに、亜梨花はあの頃と全く変わらない。
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