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そんな俺に対し、お袋はさも楽しそうにとんでもない事を告げてきた。
「せっかくなんだから、今晩は亜梨花(ありか)ちゃんでも誘って花火を見て来なさいよ。あんた達、子供の頃からすっごく仲良かったじゃない?」
この言葉で、俺の身体は真夏にも拘わらず一気にフリーズした。
亜梨花――この名前は、今の俺にはタブーだ。
ただ、この人は知る由もない事なのだが。
――にしたって、冗談キツ過ぎるぜ……
悪気がないだろうとは言え、〈亜梨花〉と言う名前をあっさりと出されてしまった事に、俺はテーブルに肘を着いた姿勢でこめかみを押さえた。
「ちょっとあんた、具合でも悪いの?」
俺の気持ちになど全く気付いていないお袋は、眉根を寄せながら俺の顔を覗き込んで来る。
「――何でもねえよ」
吐き捨てるように答えると、お袋は益々表情を険しくさせた。
「何なのその言い方! こっちはあんたを心配してるってのに!
ああもう! 男って女の子と違って全然可愛げがないわ! 久々に帰って来たかと思えば、急にムスッとし出して……。大体あんたはねえ……」
予想はしていたが、とうとうお袋の小言が始まった。
こうなると、過去の事から、挙げ句の果てには全く関係ののない自分の苦労話までが飛び交うので、聞いているこっちとしては堪ったものではない。
延々と話をしている中、俺はゆっくりと立ち上がった。
「貴之! 話の途中にどこ行くのっ?」
「散歩だよ、散歩。じゃあな」
俺はお袋に背を向けると、ヒラヒラと手を振って、足早にその場を去った。
「あっ! ちょっと待ちなさい!」
お袋のヒステリックな呼び声が、玄関先にまでこだましていた。
外に出ると、焼け付くような日差しが全身にまともに当たってくる。
俺はそんな暑苦しい中を歩く。
お袋の小言から逃げるために外に出たのだから、当然ながら当てなどない。
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