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「――ま、亜梨花は俺を心配してくれたんだからな」
貴之はそう言うと、私の肩を抱いた。
そのまま彼の身体へと引き寄せられ、私はわずかに体勢を崩した。
「お前、家事は得意だっけ?」
私を抱き締めた恰好で、貴之が唐突に訊ねてきた。
私は答えに窮してしまったが、一呼吸置いてから「得意、とは言い切れないけど」と答えた。
「人並みになら出来ると思う。一応、家ではお母さんの手伝いもしてるし」
「なら期待出来るな」
私の答えに満足したように、貴之は頷きながら満面の笑みを見せた。
「あれだけ説教されたんだ。ここにいる間は、亜梨花に飯を作ってもらうよ」
「ええっ?」
今度は私が驚く番だった。
まさか、貴之のアパートに来てご飯を作る事になろうとは、実は全く考えていなかったのだ。
確かに、貴之にさっき言った事に嘘偽りは一切ないが。
――でも、心の準備なしにご飯作りなんて……
緊張からか、嫌な汗が身体中から湧き出るのを感じた。
「期待してるぜ? 亜梨花ちゃん」
私の心を知ってか知らずか、貴之がおどけた口調でプレッシャーをかけてくる。
いや、もしかしたら、私が緊張しているのを分かっていて、敢えて言っているのかも知れない。
「――貴之、最近性格変わった?」
私が訊くと、貴之は怪訝そうに首を傾げた。
「何でそう思うんだ?」
「だって……。もういいや……」
重ねて質問するのも面倒になった。
私は小さく溜め息を吐き、ここにいる間のご飯の事を頭の中で考えていた。
その間も、貴之は飽きもせず私を抱き締めたままでいる。
かく言う私も、貴之とこうしている事に幸せを感じていた。
――ついさっき、来たばっかなんだしね。
私は思いながら、貴之の温もりと匂いをもっと感じようと、彼に身を委ねていった。
【あなたを感じていたい・了】
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