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そこまで言ってから、私はハッと我に返った。
最初はともかく、最後の台詞は、女の私から軽々しく口にするものじゃない。
幾ら貴之とは言え、呆れるに違いない。
――ヤバッ……
私は口を小さく開けたまま、あらぬ方向に視線を彷徨わせた。
ところが――
『――散らかってるぞ?』
予想外の言葉が返ってきた。
だが、これが肯定だとは簡単に決められない。
「えっと……それは、どう取ったらいいの?」
恐る恐る訊ねると、貴之は呆れたような口調で、『考えるまでもないだろ』と言った。
『散らかってるのが許せるなら、来いよ。来る時間さえ決めてくれれば、それに合わせてちゃんと迎えに行くから』
「――ほんとに、いいの……?」
『嫌だったら普通は、来い、なんて言わねえだろ?』
少々突っかかる物言いだとは思ったが、それよりも、貴之の所へ行ける事の喜びの方が大きく、私の口許は自然と緩んでいた。
「それじゃあ、土曜日の朝に行く! そうだなあ……九時頃にそっちに着くようにするよ!」
『九時っ? ――そりゃあちょっと早過ぎないか……?』
「だって、少しでも長く貴之といたいもん。ね、ね?」
電話の向こうで困惑しているであろう貴之に、私は土下座をする勢いで頼み込んだ。
貴之は、うーん、と唸りながら考え込んでいたようだが、やがて『分かった』と答えた。
『確かに、亜梨花とゆっくり逢う事なんて滅多にないんだしな。来週は、俺も早く起きれるように努力するよ』
「マジッ?」
『マジで。――ただ、万が一、寝坊しちまったとしても許してくれよ?』
「――そんなに起きる自信がないの?」
『まあ……正直に言うとな。休みの日は、酷い時は丸一日寝ていた事もある』
「丸一日っ? それって寝過ぎじゃないの……?」
『しょうがないだろ。休みになると、一遍に気が緩んじまうんだしさ……』
私は呆れかけたが、よくよく考えてみれば、貴之はそれだけ、毎日大変な日々を送っているという事なのだ。
ある程度は優遇される女と違い、男の人の仕事内容は信じられないほどハードに見える。
仕方ない、と言ってしまってはそれまでかも知れないが、それでも、どんなに体力に自信のある人でも限界はあるはずだ。
――貴之だって、ロボットじゃないんだしね……
私は今更のように思った。
『そんなわけだから』
少しばかり黙り込んでいたら、貴之がいつもの調子で言った。
『もし、俺が駅に迎えに来てなかったら、携帯で叩き起こしてくれよ?』
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