1
五年ぶりに故郷へ帰って来た。
穢れた都会と違い、ここは変わらず空気が澄んでいる。
俺はその心地良さを感じながら、家に着くまでの間、何度もそれを深く全身に吸い込んだ。
「全く、連絡ぐらいくれても良さそうなものを……」
お袋はブツブツとぼやきながら、コップ一杯の冷たい麦茶を差し出してきた。
俺は苦笑いを浮かべつつ、それを受け取る。
口では文句を言っているが、内心では俺を誰よりも心配してくれているのは知っている。
筆不精であるはずのこの人が、こまめに手紙を寄越してくるのがその証拠である。
だからこそ、離れて暮らしている俺には、この人のさり気ない心遣いが身に沁みる。
「そうそう」
麦茶を流し込むのと同時に、お袋が俺に言った。
「今、こっちでお祭りをやってるんだけど、今日が最終日なのよ。ほら、最終日は花火を上げるじゃない?」
「ああ。そう言えば」
俺はコップをテーブルに置きながら、ふと、過ぎ去った日に想いを馳せた。
花火と言うと、あまり良い想い出はない。
どうしても、あいつの事が頭を過ぎってしまうから。
「――貴之(たかし)、何ぼんやりしてんの?」
お袋の冷たい突っ込みが入り、ハッと我に返った。
目の前には、その突っ込み同様、冷ややかな視線を向けているお袋の顔がある。
「べっ、別に何でもねえよ」
俺はお袋から素早く視線を逸らし、再びコップを手にして残りの麦茶を呷る。
それでも、お袋の視線は相変わらず痛い。
「あ、そうだ!」
麦茶が空になるタイミングを見計らったかのように、お袋は声を上げて自らの両手をパンと叩いた。
「な、何だよ」
空のコップを握った状態で、俺は怪訝に思いながら眉を顰める。
するとお袋は先ほどまでの表情を引っ込め、今度はニンマリと不気味な笑みを浮かべながら俺を凝視してきた。
――一体何なんだ、この気色悪さは……
俺は胡坐を掻いた姿勢のまま、わずかに背を反らせてしまった。
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