「――あの……迷惑、でした……?」
 彼の表情を窺いながら、美雨は恐る恐る訊いた。
 彼はそれには答えてこなかった。
 その代わり、彼は何を思ったのか、差し出された傘の柄をそっと掴んだ。
 持ってくれるという意味であろう。
 美雨はそう解釈して、傘を持つ手を緩めた。
 柄は彼の手に収まり、二人並んだ格好で傘の中に入っていた。

 それから暫しの間、二人は言葉を交わす事なく雨を眺めていた。
 雨は先ほどと変わらず、一定のリズムを刻みながら降り続く。
 まるで、空が止めどなく涙を流しているようだ、と美雨は思った。
「――雨を見ていると……」
 不意に、彼が口を開いた。
 その瞳は、傘を差し出す前と同様、遥か彼方を見つめている。
「あの時を想い出してしまう……。あいつを失ったあの瞬間を……」
 美雨は黙って、彼の言葉に耳を傾けていた。
 〈あいつ〉とは誰かなど、美雨には分からないが、ただ、彼にとってかけがえのない人であった事だけは理解した。
 彼は続けた。
「雨なんて、この世から消えてしまえばいい……。雨さえ降らなければ……今頃……あいつは……」
 彼はそこまで言うと、ハッとしたように美雨に視線を移した。
「すまない……。つい……」
 熱くなり過ぎたと思ったのであろう。
 ばつが悪そうに謝罪を口にする彼に、美雨はゆっくりと首を振った。


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