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 雨が降り続いている。
 さあさあと儚げな音を立てながら、辺りの景色を滲ませてゆく。
 美雨(みう)はその中を、ゆっくりとした足取りで歩いていた。
 六月に入ったとは言え、雨の降った日は空気がひんやりとしているように感じる。

 しばらく歩くと、橋が見えてくる。
 彼女は何度、そこを通っただろう。
 物心付く頃からだから、もう、数える事も難しい。
 そこに、一人の男が立っていた。
 年の頃は二十歳前後といったところだろうか。
 雨が降っているというのに、傘を差す事もなく、ただ、何かに想いを馳せるように遠くを見つめている。
 長い間、同じ場所に立ち尽くしていたのであろうか。
 黒に限りなく近い焦げ茶色の髪からは雫が流れ落ち、顔そして身体を容赦なく濡らしてゆく。
 こんな姿は、例え、そこにいるのが美形であっても傍から見たら滑稽である。
 だが、彼に近付き、その表情を見た瞬間、美雨の心は強く締め付けられた。
 言うまでもなく、彼とは初対面であるし、何故、ここまで気になってしまうのか、美雨自身も全く分かっていない。
 だが、彼を放っておいてはいけない、ともう一人の自分が心の中で訴え続けていた。
 気が付くと、美雨は彼に傘を差し出していた。
 既に彼はずぶ濡れの状態であるから、今更傘を差し出しても無駄だろうとは思ったが、それでも、彼を少しでも冷たい雨から守って上げられたら、と美雨は思った。
 案の定、彼は驚いたように、傘を差し出してきた美雨を見つめる。
「――どうして……?」
 雨に掻き消されそうなほどの低い声で、彼は美雨に訊ねてきた。
「どうして、なんでしょうね」
 美雨は答えにならない答えを彼に返す。
 本当に、何とも言いようがない。
 美雨自身、無意識の行動であったのだから。
 彼は益々困惑したらしく、怪訝そうにしている。


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