5
蒼介と美雨は、支度を整えてから傘を差して、近所の公園へと足を向けた。
そこは、この付近では桜の名所の一つとして時季になると花見で人が賑わうのだが、さすがに今日は、雨という事もあって人は殆ど見受けられない。
そんな中でも、桜は最後の力を振り絞るように咲いている。
「儚いから、桜って綺麗なんだろうね」
数ある桜並木を見つめながら、美雨は言った。
「人も、どんなに格好悪くても、一生懸命生きている姿が一番綺麗で輝いているもの。
私は本当にちっぽけな人間だけど、それでも、胸を張って誇れるような人生を送りたいな」
美雨の言葉を聞きながら、蒼介はふと、七年前までの自分を想い返していた。
恋人を失い、自分自身まで失いかけていた自分。
事故に巻き込んだ運転手を恨み、雨を憎んでいた自分。
だが、本当に憎かったのは、何も出来ず、暗闇の中で足掻き続けていた自分だったのかも知れない、と蒼介は思った。
闇から救い出してくれたのは、他でもない美雨。
美雨は蒼介の過去については何も触れず、ただ、今の蒼介を受け入れてくれた。
いつかは話すべきであろう。
だが、心の整理は完全には付いていない。
結局、美雨の優しさに甘え切っている。
何も言わない蒼介に、美雨も心のどこかでは不安を感じているかも知れないのに。
蒼介は空いている手で、美雨のそれを握った。
美雨の優しい温もりが、手を通して伝わってくる。
美雨を感じられると、自分は生きているのだと思える。
「美雨」
雨に濡れた桜を見つめながら、蒼介は美雨の名を口にした。
「俺は、これからもずっと、美雨を愛しているから……」
蒼介の突然の告白に、美雨は驚いたように目を見開いていたが、やがて、その表情は柔らかなものへと変わっていった。
「大丈夫だよ」
美雨は蒼介を見上げ、にっこりと笑った。
「蒼介は、どんな過去があろうとも蒼介には変わりないんだから。それに蒼介は、ちゃんと私を見てくれているもの」
美雨はそう言うと、蒼介の手を強く握り返してきた。
空の涙に染められた薄紅の欠片。
来年も、再来年も、精一杯花を咲かせられるように。
強く願いながら、桜ははらはらと散ってゆく。
The end
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