第6章…side ブルー3
その晩から私は早速その店の奥に住まわせてもらった。
次の日からは、酒のことやカクテルの作り方を教わった。
店の主人はセドリックという男で、特に金に困っているわけでもなくこの店は言ってみれば彼の道楽でやっているようなものだった。
いろいろなことを教えてもらっているうちに、私達は個人的な話もする間柄になっていた。
セドリックは、元々酒が好きで、将来、息子と共に酒を飲むのを楽しみにしていたらしいが、その息子がまだ15の時につまらないことがきっかけで妻はその子を連れて家を出ていったのだという。
それ以来、息子に会うことは叶わず、気を紛らわせるためにこの店を作ったのだそうだ。
「どことなく、あなたが息子に似ているような気がしましてね…」
そう言って、セドリックは少し寂しそうに微笑んだ。
何の知識もない私を雇ってくれたのはそういうことだったのか…
私は、店で働きながら、客と話す機会がある度にノワールのことを尋ねてみたが、誰からも手掛りになるような話は聞けなかった。
厄介な客も来ることはなく、セドリックには相変わらず親切にされ、居心地の良い日々をしているうちに、気がつけば早くも一年近くの時が過ぎていた。
私はセドリックのおかげで、酒のことにも知識が広がりどんなカクテルも作れるようになっていた。
幸いなことに、一座の者が私を探しに来るようなこともなかった。
しかし、地上に降りてきてから、もう何年が経ったことだろう…
何の手掛りもみつからないまま、こんな所でこんなことをしていて良いのだろうか…?
(私はもう天上界へは帰れないのではないか…)
最近ではそんな諦めにも似た気持ちを感じることが多くなっていた…
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