第５章…side ノワール８
「ノワールさん、どうか私のために一曲歌っていただけないでしょうか…？」
食事が済んだ後、ジェロームからそう言われ、私は彼の前で歌を歌った。
「ありがとうございます、ノワールさん…
あなたのこんな見事な歌声を一人占め出来るとは…思ってもいませんでしたよ。」
「こんなことで良ければ、いつでも歌わせていただきますよ。」
「本当ですか、ノワールさん！
おぉ…！夢のようだ…！」
ジェロームの喜びようは尋常ではなかった。
この男は、そんなに音楽が好きなのだろうか？
もしそうだとしたら、それを利用して彼に取り入ることが出来るかもしれない…
歌を歌うこと位、女を騙すよりもさらにたやすいではないか…
私は自分の計画の成功を確信しほくそ笑んだ。
その日は遅くなったため、ジェロームの屋敷に泊めてもらうことになった。
そして次の日もそのまた次の日も…何かと理由をつけては引きとめられ、私は毎晩彼に歌を歌って聞かせてやった。
いつの間にかそんな暮らしはもう一ヶ月にもなっており、彼の気持ちはもうずいぶんと掴んだように感じられた…
しかし、彼の噂の種になっているようなことは屋敷の中にはまるで感じられない。
あれは、ただの噂話だったということか？
とはいっても、私もまだこの広大な屋敷のごく一部しか知らないのだから、結論を出すには早過ぎる…
ある晩、私は彼が眠ったのを確認した後、屋敷の中を探り歩いた。
一体、ここにはいくつの部屋があるというのか…
扉を一つ開いては何もないことに失望し、また隣の部屋の扉を開く…
そんなことを何度も繰り返したある時、不意に後ろから声をかけられた。
「ノワールさん、なにをしていらっしゃるのです？」
その声に、私は心臓が凍りつく想いを感じた。
しかし、そんな動揺を悟られないようにゆっくりと振り返る。
「申し訳ありません。
寝つけなかったもので、勝手にお屋敷の中を見せていただいていました。
どのお部屋も素晴らしい家具ばかりですね。」
私は極めて平静を装い、下手な言い訳を口にした。
「そうでしたか…
では、明日、ゆっくりとご案内いたしましょう。」
「ありがとうございます。
では、おやすみなさい…」
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