第5章…side ノワール6
「な…なんと素晴らしい!
私は今までにあなたほどの歌い手にめぐりあったことはありません。
心の底から感動しました!
あなたはお祖父さんの才能をそのまま受け継がれたのですね!
そうだ!近々、うちでパーティがあるのですが、ぜひそこで一曲歌っていただけませんか?」
「いえ…そんなたいしたものではありませんから…」
「そんなことをおっしゃらずに…どうか、お願いします!
そういえば、ノワールさん、今夜はどちらにお泊まりですか?」
「実はまだここへは着いたばかりで宿を取っていないのです。」
「そうですか!では、ぜひここへお泊まり下さい。」
泊めてもらえるのはありがたかった。
船を売った金はほとんど乗組員に支払ってしまっていたし、手許にはもうそれほどの金は残っていなかったのだ。
私はこれ幸いにしばらくここで世話になることに決めた。
歌を歌うだけですむのなら安いものだ。
*
やがて瞬く間に数日が経ち、パーティの夜がやってきた。
パーティというものはいつも退屈だ。
着飾った女性達は、私にくだらない話をしかけてくる。
それに対し、作り笑顔で返事をするのはけっこう疲れることなのだが、この中に後々役に立ってくれる女がいるかもしれないと考えるとそう邪険にも出来なかった。
「皆様、ここで私の素晴らしき友人・ノワール氏に一曲披露していただこうと思います!」
客達の視線が一斉に私に注がれ、拍手がわきあがった。
私は、一礼し大きく息を吸いこむと歌いなれた曲を歌い始めた。
一瞬にしてその場は静まり返り、客達は私の歌に聴き惚れているようだった。
女性たちはとろけそうな眼差しで私のことをみつめる…
私はその中でも特別に熱い視線を感じた。
しかし、奇妙なことにその視線の先は女性ではなく男性だった。
体格が良く特別な存在感を醸し出す、どこか不気味な雰囲気のする美しい男だ。
「エルマンさん、あの方は…」
妙に気をひかれた私は、エルマンにその男のことを尋ねた。
「ノワールさん、あの方には関わってはなりません。」
「なぜなのです?」
「彼は、ジェロームといって莫大な資産を持つ人物ですが…危険な噂のある方なのです。」
「危険…と、申しますと…?」
「彼は魔術のようなものに傾倒しているとか魔界と通じているという噂がありまして…
なにやらあやしいものを集めているとか、魔法を使うことが出来るとか…
それに、彼は……」
「まだ何かあるのですか?」
「いえ…なんでもありません。
……それにしても、招待した覚えもないのになぜ彼がここに……」
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