たとえようもないいやな気分で目が覚めた。
隣にいる彼は、まだすやすやと眠っている。
その寝顔を見ていると、なおさらに私の心はざわめきを強くする。



「あ…おはよう…あゆみ。」

「おはよう…」



そんな私の心に気付くことなく、彼は無邪気な顔でそう言うと、腕を伸ばし大きな欠伸をした。



「今日はどうしようか?」

「浩二に任せる。」

「また〜…じゃ、水族館でも行く?
それとも、ショッピング?」

「どっちでも良い。」

「もう…冷たいなぁ…もっとまじめに考えてよ。」



冷たいのはあなたの方…そう言いたい気持ちをぐっと堪えた。
今日の晩、あなたは遠い異国へ戻る。
会えるのはせいぜい半年に一度程度。
それなのに、なぜあなたはそんなに平然としていられるの?
これからまた半年会えないことが寂しくないの?



苛立ちが込み上げる。







「わぁ、でっかいなぁ…!」

「あ、あの魚、あゆみに似てない?」


浩二は、水族館の中で子供みたいにはしゃいでた。
あと数時間もすれば、この地を離れてしまうっていうのに、何がそんなに楽しいんだろう?
私の鬱々とした気持ちは、浩二のそんな態度でさらにかきたてられる。



「あぁ、おいしかった。
さて…と。
そろそろ行くか……」



夕食をとり、彼は立ち上ろうとする。
寂しさを微塵も感じていないような、屈託のない笑顔で…



「行かないで!帰らないで!」

目の前を歩く彼の背中にすがりつき、そう言えたら…
だけど、私はそんなことが言える程、子供ではない。
分別を持つ年齢となった今、言いたくてもとてもいえない。
言った所で、叶えられない願い事…



「じゃあ、気をつけてね…」

「うん、ありがと……あゆみも気を付けて帰るんだよ。」

「うん。」



まるで、また明日にでも会えるような素っ気ない別れの時…



「あ、そうだ。これ…」

「……何?」

手渡された白い封筒…
浩二は何も言わず、ただ微笑むばかりだった。



だんだん小さくなっていく浩二の後ろ姿に、思わず涙がこぼれた。
彼は、私のこんな想いを少しも気付いていない。


帰りの電車の中で、私は思わず小さな声をあげてしまった。
先程の封筒の中には、飛行機のチケットと短いメモが入っていたのだ。



『長い間待たせてごめん。
準備が出来たら、こっちに来てほしい。』



(浩二……)



あれは私の気持ちに気付いててくれた。
私のことを考えててくれた。



たくさんの乗客がいて恥ずかしいのに、私は込み上げる涙を止めることが出来なかった。



(浩二、待ってて…
すぐに行くから…)



私の心はすでに遠い異国へ飛んでいた。



〜fin.




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