「しっかり持ってるんだぞ!
絶対に手を離すな!」

「わかってるわ!」


あたりは白一色で塗りつぶされていた。
もしかしたら、俺達はもう死んでしまって、この世ではないどこかを彷徨っているのではないかと思える程、白以外のものがなにもない。
どこまでが地面なのかもわからない、空も地面も何もかもが白で塗り固められた世界は、恐怖以外の何物でもなかった。



あの日、まさかこんなことになるなんて、考えてもみなかった。
ただ、いつもと同じように軽い気持ちで俺達はスノボを楽しみに山に出かけた。
俺も、美沙子も若い頃からずっとスノボはやってるし、山にも慣れてる。
今更になって、それが過信だったことに気付いても、もう遅い。



「……ちょっとだけ行ってみようか?」

「そうね。あんまり遠くまで行かなきゃ大丈夫よね。」

スノボに興じた俺達は、つい調子に乗ってコースをはずれた。
本来ならば、届けを出してからじゃないと言ってはならない場所へ。
俺達には自信があった。
山のことはよくわかってるつもりだったし、装備も万全だ。
ただほんの少しだけ…まだ誰も滑っていない新雪を楽しみたかっただけだった。


それが、間違いだった。
二人で思いっきりスノボを楽しんで、やっぱりコースの雪とは違うなんて笑っていた。
だけど、その笑顔はいつしか強張ったものに変わった。
天気が急激に変わり、猛烈な吹雪が吹き荒れた。
俺は、方向感覚には自信があったけれど、白に塗りつぶされた世界では、どっちがどうなのか、全くわからなくなった。
こんな時はむやみに動かない方が良いことはわかっていたけど、白い世界は俺を酷く不安にさせた。
コースからはさほど離れていないはずだ。
しばらく歩けば、きっとすぐにコースに出られる…
そう思い、暗くなるまでになんとかしたいと思って歩きだしたのが失敗だった。
どこまで行ってもその風景は変わらない。
俺達以外に、色のある者も動いている者もみつけられなかった。
その時になって、俺はようやく見当違いの方角に歩いていることに気が付いた。



「美佐子、あのあたりに雪洞を掘るぞ。
今夜は、もう降りるのは無理だ。」

「……私、もうそんな体力ないよ。」

吹雪の音にかき消されるような小さな声で美佐子が呟いた。
ゴーグル越しに見える彼女の瞳は、いつものようにぱっちりとはしておらず、相当に疲れていることがわかった。



「わかった。じゃ、おまえはそこで待ってろ。」

疲れていたのは俺も同じだった。
だけど、女の美沙子よりはまだ少しは体力があった。
それに、このままでは俺達は死んでしまう。
なにがなんでも、休める場所を作らなくては…



積もった雪を固め、それから丸い穴を掘り進める。
簡単な作業のようだが、それはなかなか進まない。
そのうち、ふと見ると、美沙子も俺の横で雪をかき出していた。
頭がふらつくほど、俺達はそんな単純作業を続け…そして、ようやく俺達が入れる程の雪洞が出来た。
中に入り、入り口にボードを立て掛けると、寒さは幾分マシになったように感じられた。



「疲れただろう、美沙子…
ほら、これ食べなよ。」

おれは、バッグの中のチョコを美沙子に差し出した。


「ありがとう。」

虚ろな目をした美沙子がかじかんだ手でもたもたと包みを開く。


「はい。」

チョコを割って、美沙子がそれを俺に差し出した。


チョコの甘さが疲れ果てていた俺に、エネルギーを与えてくれた。


「とにかく今は眠ろう。
なぁに、明日になったら吹雪もやむさ。
そしたら、すぐに道もみつかる。」

「……そうだね。」







しかし、次の日も吹雪はおさまるどころか、なおその強さを増していた。



「この分じゃ、今日は外に出られないね。」

「そうだな。
ま、良いじゃないか。
休みはまだあるんだし…」

心細さを気取られないように、俺は平静を装った。



(明日になれば、きっと吹雪は止む…)



そんなことを自分自身に言い聞かせた。


しかし、残念なことに俺の思い通りにはならなかった。
次の日も、吹雪が止むことはなかった。


美沙子が衰弱していることが一番気がかりだった。
ぐったりとした様子でずっと横になっていて、ほとんど話もしない。
持っていたお菓子や水は昨夜、食べつくしてしまった。
こんなことになるなんて考えてもいなかったから、それほどたくさん持って来ていなかったことが悔やまれる。


(なんとかしなければ…)



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