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「Merry Christmas!詩織。」
「Merry Christmas!彰!」
私達は、ありきたりなレストランで、シャンパングラスをカチンと合わせた。
「はい、プレゼント!」
「ありがとう!」
彰は、紙袋の中を確認する。
「あ、かっこいいね!
これ、刺繍なんだ!?」
私が贈ったものは革の手袋。
彰はけっこうそそっかしくて、よくこの手のものを失くすから。
クリスマスはたいてい手袋かマフラーを贈ってる。
「僕からはこれ。」
彰から手渡された細長い箱…きっとペンダントだ。
包みを開くと、それは予想通りのペンダント。
きらりと輝く小さなものは、きっとダイヤだ。
「綺麗だね、ありがとう!」
「うん。」
彰はとても嬉しそうに微笑んだ。
彰と付き合い始めて最初のクリスマス…何がほしいか訊かれたから、アクセサリーが良いって答えたら、それからずっとアクセサリー…
私も彼もやっぱりどこか性格が似てるのかもしれない。
「それと…これ、おまけ。」
彰がこそっと差し出したものは、赤い表紙に金色の文字で2015と書かれた来年の手帳。
私が面倒臭がり屋で、しかも筆無精だから、手帳なんてふだんから使わないってことは知ってるはずなのに…
でも、わざわざそんなことを言う必要もない。
もしかしたら、どこかでもらっただけのことなのかもしれないから、私は素直にそれを受け取った。
付き合い始めて七年にもなると、クリスマスはもはや特別な行事って感じはしなくなってきた。
でも、かといって、今の状況に不満があるわけでもない。
所謂、マンネリ化ってやつだ。
結婚は…年齢を考えれば焦る気持ちがないわけではないものの、何が何でもしたいって程でもない。
もうそんな情熱的な時期は過ぎてしまったのだ。
彰も今は仕事に打ち込んでるみたいだし、そんな時に、結婚のことなんて持ち出して、もめるのも面倒だ。
(今のままで良い。
結婚なんて、成り行きに任せるのが一番よね…)
それは、ある意味、逃げの気持ちだったのかもしれない。
真正面から取り組んで、苦しい想いをしたり傷ついたりしたくないから…
*
「じゃあ、待ち合わせは10時に駅で良いよね?」
「うん、そうしよう。」
年末に、彰と初詣の約束をする。
「じゃ…」
「あ!あの…詩織…」
「何?」
「えっと…たいしたことじゃないんだけど……」
「だから、何なの?」
彰が何を言い淀んでいるのか、私には皆目見当もつかなかった。
「だ、だから…その…
あの…あ、新年に願い事を手帳に書いたりするのも良いらしいよ。
じゃあ、明日ね!」
彰がなぜそんなことを言ったのかすぐにはわからなかったけど、しばらくしてようやく気付いた。
きっと、あの手帳を使えってことなんだって。
クリスマスプレゼントのおまけでくれたあの手帳を……
でも、なぜ、そんなに手帳を使わせようとするのかは私にはわからなかった。
あの日からほったらかしていた手帳…
面倒だと思いながらも、何か気になって私はあの手帳を取り出した。
見た所、特に変わったところのないただの来年の手帳だ。
(あ……)
だけど、そうじゃなかった。
1月1日の所に、初詣の予定が書きこまれていた。
2月の彰の誕生日にも…春にはお花見の予定…
お世辞にも上手だとはいえない彰の字で、毎月いろんな予定が書きこまれていた。
(そっか…彰はこれを見せたかったんだ…)
ページをめくり、そこに書かれた予定を目で追ううちに、11月ページで、私の手は止まった。
『〇〇教会で、結婚式。』
それは以前、旅行した時に偶然訪れた教会で、結婚式を挙げるならここが良いって私が言った所だった。
その後にはパーティの予定や、一緒に婚姻届を出しに行く予定まで書いてあって……
(彰…これは本気なの!?)
驚きで早くなる鼓動を押さえ、私は最後のページまで目を通した。
最後のメモのページに、彰からのメッセージが書いてあった。
『この手帳は、書かれたことが現実になる魔法の手帳です。
どうしても実現したくない場合は、この手帳を吉沢彰に返して下さい。
現実になっても構わないと思ったら、そのことを吉沢彰に伝えて下さい。
素敵なプレゼントがもらえます。』
思わず笑ってしまった。
ただ、彰の真意がわからない。
これは本気なのか、冗談なのか…
もやもやとした気持ちを抱え、私は新しい年を迎えた。
*
「明けましておめでとう!」
「明けましておめでとう、詩織。」
雪がちらちら舞う寒い元日…
だけど、ごった返す人の波が、冷たい身体を少し温めてくれた。
「あ、私、中吉だ…ねぇ、彰は?」
「うん、僕もだよ。」
彰は、どことなく落ち着きがない。
その理由を私は知ってる。
(いいかげん、焦らすのはやめてあげよう。)
「彰……あの……手帳のことなんだけど……」
「えっ!!う、うん……」
彰の顔が急に強張ったものに変わった。
本当にわかりやすい人だ。
「あのね…」
私は、持って来た手帳をバッグから取り出した。
彰はさらに目を大きく見開き、顔色まで変わって来た。
「これは……返さない。」
「えっ!!ほ、本当に!?」
私は大きく頷いた。
「詩織ーーーーー!!」
急に大きな声を上げ、彰は私を抱きしめた。
私達に集中する、周りの人達の視線が恥ずかしくて、私は彰に囁いた。
「皆、見てるよ。」
「良いんだ、そんなこと…!」
彼にこんな情熱的な面があったなんて、ちょっと意外だった。
でも、いやな気はしない。
まるで、ちょっとしたヒロインにでもなったような心地良い気持ちを感じていた。
「詩織…これ……」
彰がポケットから取り出した小さな四角い箱…それを開くと、銀色の指輪が入っていた。
「詩織…僕と結婚して下さい!」
彰は、跪き、それを私の前に差し出した。
周りからは口笛の音や拍手が巻き起こる。
本気だったんだ。
手帳に書いてあったことは、冗談じゃなく本気だったんだ…
そう思うと胸がいっぱいになって、私は何も言えず、ただ小さく頷いた。
「おめでとう!!」
あたりは、知らない人達からの歓声と拍手の渦に包まれた。
〜fin.
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