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(なんでああなんだろうな…卓也の奴……)
昼間の出来事を思い出して、俺はもやもやとした気分を再び感じた。
気の合わない幼馴染…
感情的な俺と理性的なあいつは、ちょっとしたことでよくもめる。
もめるというより、俺が勝手にカッとするだけのことなんだけど…
今日のことだって、原因は本当にとるに足りないつまらないこと。
それがわかっていても、俺はついついかっと来て怒鳴ってしまう。
そんな俺をあいつは冷ややかな目でみつめるだけで、決して、同じように言い返したりはしない。
わかってるんだ、いつも俺が悪いってことは…
リーンリーンリーン…
夜のしじまに、鈴虫の声が響き渡る。
その音色は、聞いていると、心の中が少しずつ浄化されていくような神聖な声に聞こえた。
俺は電話帳の卓也の号を呼び出し、すぐさま電話を掛けた。
「はい。」
「あ、卓也…遅くにごめん。
もしかして寝てた?」
「いや、起きてた。」
「そっか…いや…鈴虫の声があんまり良い声だったから、おまえにも聞かせてやろうと思って…」
俺は、窓の方に携帯を向けた。
「……良い声してるだろ?」
「何も聞こえないよ。」
「なんでだよ、いいか?
もう一回送るから、良く聞けよ!」
俺は、窓から身を乗り出し、携帯を差し出した。
鈴虫の声はけっこうでかい。
いくらなんでも聞こえないなんてことはないはずだ。
「どうだ?」
「何も聞こえないよ。
ふざけてるなら、もう切るよ。」
「なんだと〜!せっかく俺がおまえにも秋の気分を送ってやろうと思ったのに!馬鹿野郎!」
せっかくの俺の気持ちをふみにじりやがって。
頭に来たので、こっちから切ってやった。
次の日、俺は昨夜の怒りがまだ治まらず、早速、そのことをクラスメイトに話しまくった。
そしたら、鈴虫やせみの声は、周波数の問題から電話を通すと全く聞こえないということを知らされた。
そんなこと知らなかった…またしても俺の失態だ。
だけど、素直に謝れない。
リーンリーンリーン……
夜も更け、また鈴虫の声が聞こえた。
だけど、この声は仲直りのきっかけには使えない。
何か、別のものを探さなきゃ…
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