初めての手作りチョコはあなたに…


「翼君、ハッピー・バレンタイン!」

ちょっと照れくさいけど、そんなことを言いながら、私は翼君にチョコとプレゼントを手渡した。



「ありがとう、カナ。
開けて良い?」

「うん。」

包みを開いた翼君の顔がぱっと明るく輝いた。



「わぁ、カッコ良いね!
ありがとう!
早速、使わせてもらうね!」

そう言いながら、翼君は私のプレゼントした腕時計をはめてくれた。
翼君はなにをあげても喜んでくれるし、身に付けてくれるから、私もとても良い気分になれる。

今年は、翼君の家でまったりとバレンタインを祝うことにした。
帰りに二人でお寿司やらピザを買って、それをテーブルに並べた。



「それにしても、すごいね。」

私は、傍らの紙袋に視線を移した。



「あぁ…でも、僕だけじゃないんだよ。
皆、もらってるみたい。
義理チョコだもん。」

そんなことない。
きっと、翼君は職場で一番たくさんもらってるはず。
でも、翼君は私のことを公にしてるから、そのせいで、以前に比べると少なくなってるらしいけど…



「あ、そういえば……」

翼君はそう言いながら、紙袋をテーブルの上に置いた。



「これ、すごいと思わない?
僕のデスクの上に置いてあったんだけど……
まさか、こんな大きなの、チョコじゃないよね?
でも、今日はバレンタインデーだし、見た目にもチョコっぽいし……」

紙袋から取り出されたのは、ケーキほどの大きさの箱。
ハート柄の包装紙にくるまれ、真っ赤なリボンがかけてある。



「これがチョコだったらすごいよね。見てみようか。」

翼君はべりべりと包装紙を破り、大きな箱の蓋を開けた。



「わぁ〜!」

「すっごい!」


開けた途端に広がる濃厚なチョコの香りに、私達は圧倒された。



「おいしそうだねぇ…食べてみようか?」

そう言いながら、翼君の身体はもう立ち上っていた。


見た目にはフォンダン・ショコラのように見えるそれには、生クリームやカラフルな飾りがついていた。
とてもよく出来てるけど、どこにもお店のラベルみたいなものはついてないし、きっとそれは手作りだと思った。
翼君には、私という付き合ってる女性がいることは、職場の人は知ってるはずで…
そのせいか、手作りのチョコやらプレゼントはもらわなくなったって翼君も言ってたのに、あえての手作りって……



(もしかして、これって私に対する宣戦布告!?)



そういえば、これって誰からもらったんだろう?
メッセージかなにか入ってないかと、紙袋や箱の中を良く調べてみたけれど、それらしきものは何も入ってなかった。



「カナ、飲み物は何が良い?」

お皿を持って翼君が戻って来た。



「え…う、うん。
ねぇ…翼君…これって……」

「わぁ!カナ!見て見て!
チョコが…とろけるチョコが出て来たよ!!」

翼君は、早速ケーキを切り分けて、嬉しそうな声を上げた。



「あ……」

「わぁ…おいしい!」

誰からのものなのかもわからないものだから、無暗に食べちゃ危ないって言おうと思ったのに、私が言う前に翼君はもう食べてしまって……



「カナも早く食べてごらんよ。
すっごくおいしいよ!」



(翼君の馬鹿…!)



彼女がいたって、そんなこと全然気にしないような強気の女の人が作ったものなんて、食べたくないよ。
きっと、自分にすごく自信のある人なんだろうな。
私とは正反対だ。



私は料理もそんなにうまくないし、手作りチョコも作ってみたことはあったけど、見るからに悲惨なもので…
だから、チョコは買ったものを渡してた。
それが私の良くないところなのかな?
やっぱり、彼女だったら、お菓子作りの教室に通ったりして、手作りで作らないといけなかったのかな?
そんなことを思うと、なんだかだんだん自己嫌悪に陥って来た。



(まさか…本当はこれが誰からのものかわかってて……
だから、翼君…何のためらいもなく食べたんじゃあ……)



そ、そうよね。
本当に誰からのものかわからなくて、しかも、手作りのものなんて普通なら不安で食べられないはず……



(ってことは、もしかしたら、翼君…
その子に好意を持ってて……)



妄想が妄想を呼び、私は泣き出しそうな気分になっていた。
翼君はそんな私の気持ちに少しも気付かず、ぱくぱくとケーキを食べ続けてて……



その時、翼君のスマホが鳴った。



「はい。ん?うん、うん。来てるよ。
え?ううん、別にいいよ。
うん、うん、わかった。じゃ……」

そんな短い会話をすると、翼君はまたケーキを食べ始めた。



『来てるよ』っていうのはもしかして私のこと…?



(……ん?)



……まさか、ファンダン・ショコラを作った人からの電話…!?



(わっ!)

今度は来訪者を告げるチャイムが鳴って、翼君はバタバタと玄関に向かった。


もしかして…さっきの電話の人?
それにしては早いけど、家のすぐ傍から電話したんだろうか?
でも、いくらなんでも家には……



「あ、カナさん、こんばんは。」

「え?あ、あぁ、後藤さん……」

入って来たのは後藤さんだった。
翼君と同じ会社の人で、今までにも何度か会ったことがある。
私はほっとして、強張っていた顔が緩むのを感じた。



「あ、食べてくれてたんですね!
ね、どうです?
おいいしいですか?」



(えーーーーーっ!な、な、なんですと!?)



「え…?じゃあ、これ、後藤がくれたの?」

「そうなんです。
俺、前からチョコレートが作ってみたかったんですよ。
バレンタインに女子達が楽しそうに材料買ってるじゃないですか〜、ああいうの見てたら、俺もいつか作ってみたいなぁって思って、今年は思い切って作ってみたんですよ。
何度か失敗もしましたが、これはすごくうまく出来たから自分で食べるのはもったいない気がして、それで、ちょっとしたサプライズで……」

「そういうことか〜
確かにびっくりしたよ。
だって、切ったら中からとろけたチョコが出て来るんだもん!
こんなの初めて見たよ!」



翼君…驚くのはそこじゃない……



「やだなぁ、先輩。
そうじゃなくて、僕が作ったってことに驚いて下さいよ。
先輩、気にならなかったんですか?
誰がこれをくれたか、見当でもついてたんですか?」

「あ、そういう意味か。
デスクの上にあったから、きっと同じ会社の人だろうとは思ってたけど、僕達、くれた人のことは考えなかったなぁ…」



ぼ、僕達…?
その「達」には私も含まれてるんじゃないですよね!?



「それにしても、後藤、すごいよ。
こんなのが作れるなら、仕事やめてパティシエにでもなれば良いのに…」

「またまたぁ…先輩ほめ過ぎですよ!」

「本当だってば。
な、僕の誕生日にバースディケーキ作ってよ!」

「えーーっ、マジっすか?
そんなこと言われたら、俺、本気で作りますよ!?」

「わーー!やったーー!」



二人の話題は、バレンタインを通り越してすでに翼君の誕生日のことに変わってた。



それにしても後藤さん…
見た目は柔道とかラグビーとかしてそうな体格で、しかも顔もけっこうな強面で…
なのに、ロマンチックな恋愛映画が好きだとか、可愛いものが好きっていうちょっと変わった人で……
でも、まさか、フォンダン・ショコラまで作ってしまうなんて……


「あれ…カナさん…まだ食べてないんですか?」

「えっ!あ…あぁ…
あの、お茶を淹れてからにしようかと思って…その…」

私は適当なことを言って誤魔化した。



「湯せんにかける時、温度が高すぎるとチョコの風味が損なわれますから…」

後藤さんはフォンダン・ショコラの作り方を熱く語って…
翼君は、その話を興味深そうに耳を傾ける。



確かにおいしい。
これが初めて作ったものだなんて信じられない。



熱弁する後藤さんを見ながら、やっぱり私も来年は手作りのチョコに挑戦しようかなって…そんなことをふと思った。



〜fin.




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