夏の日の思い出


(……あの頃のまんまだ……)



目の前に広がる風景に、僕の頬は思わず緩んだ。
あれから、もう二十年近くの時が過ぎたなんて、とても信じられない想いだ。
だって、ここは僕の記憶のまんま…
僕が小学生だったあの頃と少しも変わっていないのだから。



照りつける太陽もあの頃と同じだ。
吹き出す汗を拭いながら、僕は記憶を辿りながら歩き始めた。



最後にこの町に来たのは、僕が高三の時だった。
おばあちゃんのお墓参りの時だ。
高二の時、おばあちゃんが亡くなり、その次の年、法事とお墓参りに来て、それ以来、ここにはぱったりと来なくなった。



子供の頃の楽しみと言うと、長い夏休みをここで過ごすことだった。
夏休みが始まるとすぐに、僕はお母さんと二人でおばあちゃんの家に来て、そこに一ヶ月とちょっと滞在した。
僕の住む都会とは違い、自然に囲まれたこの町は、子供にとってはまさに夢の国だった。
木登りをしたり、虫取りをしたり、時には今まで経験したことのないような台風に出逢ったり…
毎日が楽しくてたまらず、毎年、八月の末になると、帰りたくない!とだだをこねてお母さんやおばあちゃんを困らせた。



小五のある日、僕は冒険に出掛けた。
それは、おばあちゃんやお母さんに、固く禁じられていた場所…
裏山の小さな祠だ。
そのあたりに行くと、神隠しに逢うと言われ、絶対に近づいてはいけないと言われていた。
だけど、だめだと言われると、さらに好奇心を持ってしまうのが子供というものだ。
ずっと我慢はしていたものの、明日、家に帰ると思うと、どうしても気になって、僕はついにお母さん達の言いつけを破った。
食料や傷薬をかばんに詰め込み、そこらで拾った固い木の棒を手に持って、僕は山道を進んで行った。



「なぁ〜んだ、誰もいないじゃないか。」



祠はすぐにみつかった。
思ってたよりもずっと小さなもので、それが相当古いものだということは子供の僕にもわかった。
もっとおどろおどろしいものを想像していた僕は、どこか気抜けした気分だった。


それどころか、そこらはちょうど良い具合に木陰になっていて、涼やかな風が通り抜ける気持ちの良い場所だった。
大きな木の根っこにもたれてお茶を飲み、のんびりとしていると、僕は、ふと、目の端になにかが動くのを感じた。
動物でもいるのかと思いきや、それは、小さな子供だった。
木の影に隠れて、僕をじっと見ている。
僕よりは小さい…髪が長いから多分女の子だ。
僕は気付いてないふりをして、その場にごろんと横になり寝たふりをした。
せみの声にかき消され、足音はさすがに聞こえなかったけれど、人の気配は感じられた。



「わっ!」

僕が目を開けて起き上がると、子供は慌てて踵を返す。
子供は、短い着物のようなものを着ていた。



「待って!」

僕の声に、子供は恐る恐る振り返った。



「僕、柏木達也。
ねぇ、一緒に遊ぼうよ。」

子供は振り返った体勢のまま、僕の顔をじっと見ていた。


「あ、そうだ!
パン、食べない?」

僕はかばんに入れていたメロンパンを半分に分け、その半分を子供の前に差し出した。





「捕まえた!
またおいらの勝ちだな!」



子供は髪は長いけど、男の子のようだった。
身体は僕より小さいくせに、木登りもうまいし、走るのもものすごく早かった。
それはちょっぴり悔しかったけど、遊ぶのはやっぱり楽しくて……
ただ、その子供は少し変わった子供で、自分の年もわからないというばかりだし、自分には名前がないと言った。


「じゃあ、良かったら僕が名前を考えてあげるよ。」

「そ、そっか、ありがと。
なぁ、達也、明日も遊ぼうよ!」

「あ…ごめん。僕、明日家に帰るんだ。
でも、来年の夏休みにはまた来るから…」

「来年…?」

子供は酷く寂しそうな顔をした。



「う、うん!来年また遊ぼうよ!
ね!指切りしよう!」

僕は子供の手をとって、無理やり指切りをした。



なのに……
次の年の夏、お父さんが体調を崩して入院し、僕はおばあちゃんの家には行くことが出来なかった。
さらに次の年、中学生になった僕は部活に追われ、行くチャンスを逃しているうちにおばあちゃんが亡くなって……
気にかかっていたあの子供のことも、いつしか思い出すこともなくなっていた。


そんな僕がここに来たのは、皮肉にもリストラがきっかけだった。
暇な時間が出来た時、なぜだかあの子供のことが頭を過ぎった。
当時はよくわからなかったけど、あの子はもしかしたら事情のある子ではなかったのか…
例えば親がいないホームレスのような…
もしくは記憶をなくしていたのではないか…

今更、行ったところで彼はもうあそこにはいないだろうけど…いや、僕のこと自体覚えてないかもしれない。
たった一日、遊んだだけだもの。
だけど、それでも、あの子のことが頭から離れなかった。


僕は、おばあちゃんのお墓参りに行くという名目で、久しぶりのあの町へ向かった。







(ここも少しも変わってないな……)


墓参りを済ませ、僕はその足で裏山に登った。
あの時と同じ照れつける太陽と、うんざりするようなセミの声の中、僕は祠への道を進んでいった。



(……この木だ……)

僕はあの時、ここにいて……
木の根っこに腰を下ろすと、あの時の記憶が鮮明によみがえってくるような気がした。



(……あ)

少し離れた木の傍から、小さな子供が顔をのぞかせた。



(まさか……!)

僕が立ち上がると、子供は逃げ出そうとする。



「待って!」

ゆっくりと振り返るその顔は、やはりあの子供……


「僕だよ。柏木達也……」

「……ずいぶん遅かったんだな。」

そうだ…この声だ。
この子供は、あの時にあったあの子供……



「ご、ごめん…あれからいろんなことがあって、なかなか来れなくて……」

僕の鼓動は早鐘を打ち出し、僕はそれを悟られまいと必死に平静を装った。
あれから長い月日が流れ、僕はすっかり大人になったというのに、この子はあの時と少しも変わらない…それが意味することは……



「おいら、嘘つきは嫌いだ!」

「本当にごめん。」

怖さはあるものの、懐かしさと罪悪感があったせいか、僕はその場から逃げ出す気にはなれなかった。



「……僕のこと、すぐにわかったの?」

子供は小さく頷いた。
どうして?と聞きたい気持ちもあったけど、今はそれを聞いちゃいけないような気がして、我慢した。



「あの、あれからいろいろと……」

「達也、木登り勝負だ!」

「えっ!?」


突然駆け出した子供を追って、僕も一緒に駆け出した。
身体は大きくなってるのに、子供についていくだけでも息が切れる。
木登りは以前よりも更に出来なくなっていた。
だけど、ひさしぶりに身体を動かして遊ぶのはとても楽しくて、僕の心はすっかり子供に戻っていた。



「おいら、ずっと待ってたんだ。
夏が来る度に、達也がここに来るのを……」

「……本当にごめん。」

「良いよ、もう。
おまえは、おいらのことを覚えててくれたし。」

僕の隣に並んで座る子供は、あの時よりも一層小さく感じられた。



「あのね……僕、あれから君の名前を考えたんだ。
『なつき』ってどうかな?」

「名前のことも覚えててくれたのか?」

「うん。」

それは、さんざん悩んで、小六の夏にようやく決めた名前だった。
会ったら、それを伝えようと思ってたのに、ずっと伝えられなかった名前……


「ありがとう…達也は良い奴だな。」

「そんなことないよ。
約束を守るのに、こんなに長い間待たせてしまった…」

子供は俯いて、小さく微笑んだ。



「忘れてなかったらそれで良いんだ。
達也…おいらの名前を呼んでくれ。」

「うん。」

照れくささを振り払うために、僕は一度咳払いをして……


「なつき。」

「……ありがとう。」


まるで煙のように、僕の目の前からなつきが消えた。



「なつき!なつきーーー!」


声を限りに叫んでも、期待した返事はなく、あたりには蝉時雨が響くだけ……




その後、僕は何度かその場所を訪ねたが、なつきに会うことは一度もなかった。


〜fin.


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