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「あいつは、何をどう間違えたのか、あのスラムに迷い込んだんだ。
俺が通りがかった時、あいつは数人の男に囲まれてた。
あいつの身なりを見て、金持ちだってことはすぐにわかったから、助けてやれば金になると俺は思った。
だけど、あいつは本当に無邪気っていうのか…俺がそんなことを考えてたことなんて、まったく気付かず、心から感謝してくれた。
あいつの優しさや明るさは、スラムでは出会えるもんじゃなかったから、俺は次第にあいつにひかれていったんだ。
そのうち必ず家に送ると約束しながら、俺はなにかと理由をつけてあいつを引き止めた。
あいつは、スラムの暮らしに驚きながらも、それに却って関心を持ったみたいで、なんとなくいついてくれた。
そうこうしてるうちに、あいつも俺に情が移ったんだな。
しばらくして、おまえが生まれた。
あいつはそりゃあもうおまえの生まれたことを喜んでな…
俺もすごく嬉しかった。
これを機に、スラムを抜け出そうと、その頃は本気で働いてもいた。
その甲斐あって、ちょうどその頃、ヨギラに家を借り、新しい仕事も決まってたんだ。
これからは家族三人で、まともな暮らしが出来る…
リュシーやおまえを幸せにしてやれる…そんな夢が見えて来た頃……」

イリアスはそこまで話すと、小さく咳をして、水差しに手を伸ばした。



「こんなにしゃべるのはひさしぶりだから、喉が枯れた。」

そう言いながら、イリアスはグラスの水をちびちびと流し込んだ。



「ある日、林の作業場に見知らぬ男がやって来た。
そいつらは、リュシーのことで話があると俺に言った。
いやな予感がして、俺は慌てて家に戻ったが、すでにそこにはリュシーはいなかった。
おまえがぎゃーぎゃー泣いてて、それを隣りの婆さんがあやしてくれてた。
男達は、俺が見たこともないような大金を突き付け、これは今までリュシーの面倒をみた礼金だと言った。
リュシーはスラムでの惨めな暮らしに嫌気がさし、ようやく町へ出たところを、ずっとあいつのことを探してた者達がみつけて無事に屋敷に連れ帰ったと話した。
リュシーは俺にも子供にももう二度と会う気はないと言っていると…そこまで言われても、俺はあいつのことが諦めきれずに、男達に泣いてすがったんだ。
どうか、リュシーに会わせてくれと。
俺に悪いところがあったなら必ず直すから…もう一度やり直したいと懇願した。
だけど、そんなことは聞き入れてもらえるはずもなかった……」


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