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「全くびっくりしたよ。
だって、朝には影も形もなかった橋がかかってたんだから。」
「そりゃあそうだけど、だからってわざわざ裏山を通って来るなんて、あんた若いのにえらく用心深いねぇ……」
サンドラは呆れたような顔でイリヤをみつめた。
「ま、とにかくこれからは安心して通って大丈夫だからな。
俺達も帰りにはあの橋を通ってみるよ。」
フォスターから戻ったイリヤは、橋のこと、井戸やかまどのこと、そしてジェイコブのことに驚きながらも、どこか晴れやかな表情を浮かべていた。
「これからは、仕事がいろいろと楽になりそうだね。
それに、今度はパン作りまで教えてもらえるなんて、僕、すっごく楽しみだよ。」
イリヤのその言葉を聞いて、ジェイコブは照れ臭そうに微笑んだ。
「あんた、本当にパンなんて焼けるのかい?」
「当たり前だ。
俺は十五の年からずっとフォスターのパン屋で働いてたんだからな。
ただ、そこのおやじさんが亡くなって…おかみさんと子供はパン屋をやめて実家にひきあげてな…
俺はあんまり人付き合いがうまくないし、あのおやじさんみたいにこだわりを持ってパンを作ってる店は他にはなかった。
それでだんだんいやになって……」
「なんだい、それで飲んだくれるようになったのかい!
あんたは昔からそうだった。
理想が高いっていうのか、一途すぎるっていうのか…もっと器用に生きられないもんかね。
そういえば、あんた一人だって言ってたけど、家族とは別れたのかい?」
「いや、俺は結局一度も結婚しなかった。
そういう話がなかったわけじゃないんだが、土壇場になるとどうしても踏み切れなくてな……」
ジェイコブはそう話すと、寂しそうに俯いた。
「……そうかい。
ま、いない者のことを考えたって仕方がない。
今更やり直すことは出来ないんだからね。
とにかく、これからは一緒に頑張って行こうじゃないか。」
「サンドラ…本当に俺はここに住んで良いのか?
仕事をさせてもらえるのか?」
「そんなこと、嘘吐いたって意味がないだろ。」
口は悪いがその裏に隠されたサンドラの優しい気持ちに、ジェイコブは胸が熱くなるのを感じた。
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