060 : 手繰りよせたなら5
*
「あ、な、なんで、あんたがここに!?」
「リュックこそ、どうしたんだ?」
次の日の朝、私達は宿で意外な人物に出会った。
「なんだ、それじゃあ、俺達の向かいの部屋じゃないか!
なんで、来てくれなかったんだ。」
「無理を言うなよ。
あんたらがここに泊まってるなんて、考えてもみなかったんだから。」
宿の食堂で一緒に朝食を採ったのは、つい数日前に顔を合わせたサイモンだった。
「だけど、一体、なんであんたがここに…?」
「俺が出る幕じゃないとは思ったんだが、おばさんもエヴァも気が強いだろ?
もしも大喧嘩なんてことになっても困るし…それに……」
そう言ったっきり、サイモンの言葉は途切れ、そのまま彼は俯いてしまった。
「……サイモン…どうかしたのか?」
「え…?いや、その……」
彼のぎこちない態度を見て、私は、サイモンが飲みこんだ言葉の意味を悟った。
「……そうか、そういうことか。」
「そういうことって、マルタン…
どういうことなんだ?」
驚いたように私を見たサイモンの頬は、私の予想通り、ほんのりと赤く染まっていた。
「……エヴァに会いたかったんだな?」
「マ、マルタン!!」
「え…?
そ、そうなのか?」
問いかけたリュックから視線を逸らし、また俯いたサイモンは、ゆっくりと小さく頷いた。
「俺……子供の頃から、ずっとエヴァのことが好きだったんだ。
だけど、エヴァは俺のことなんてまるで相手にしちゃくれなかった。
でも…あいつが村を出ても、結婚したって聞かされても……それでも、俺の想いは少しも変わらなかった。
……馬鹿みたいだろ?」
「そんなことあるもんか。
待ち続けた甲斐があったじゃないか!
もう一度、エヴァに告白するんだ!」
「……俺、まだ一度も告白はしてないんだ。」
サイモンの意外な言葉に、私とリュックは思わず顔を見合わせた。
「してない?……だって、あんた、子供の頃からずっとエヴァのことが好きだって……」
「好きだからこそ、言えなかったんだ。
俺は、ずっと彼女を見て来たから、エヴァのことならなんでもわかってるつもりだ。
……残念ながら、俺が、エヴァの好きなタイプじゃないってこともな。」
サイモンはそう言うと、深い溜め息を吐き出した。
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