053 : 湧き水1
*
「リュック、一体どこへ行くつもりなんだ?」
「見ろよ、ディヴィッド…
マルタンのおじさんは、もうへばったみたいだぜ。
おまえはどうだ?
やっぱりもう疲れたか?」
「僕はまだ大丈夫だよ!」
ディヴィッドはリュックの顔を見上げ、誇らしげな笑みを見せた。
馬車で夕方まで走り続け、辿り着いたのはこれといって特別なものもない小さな町だった。
そこで一泊し、次の朝が来ると、リュックは今日は山登りに行くと言い出した。
しかし、山ならこんな遠くに来ずともどこにでもある。
つまり、山登りが本当の目的ではないということだ。
はっきりした日程は伝えては来なかったが、きっとエヴァもせいぜい二、三泊だと思っているはずだ。
私もそう考えていた。
なんせ、ディヴィッドのような小さな子供を連れての旅なのだ。
しかも、ディヴィッドはこれが初めての旅……
無理をさせていることに、リュックも気付いていないはずがないのに、なぜ、こんな時に山登り等させるのか……
「ディヴィッドはすげぇな!
まだ小さいのに、マルタンなんかよりずっとタフだ!」
「そんなことないよ。
マルタンさんはきっと山に慣れてないだけだよ。
僕は、よく裏山で遊んでるから…
マルタンさん、気にすることないよ。」
「あ…あぁ……
ありがとう、ディヴィッド……」
私がディヴィッドに慰められる様子を見て、リュックは俯いて肩を揺らす。
「あ……
マルタンさん!
あそこ、涌き水があるよ!
冷たい水を飲んだらきっと元気が出るよ!」
ディヴィッドは、見付けたばかりの湧き水の所へ駆け出した。
「……本当にディヴィッドは良い子だな。」
「あぁ……」
ディヴィッドの後ろ姿をみつめるリュックの眼差しは、まるで優しい父親のようだった。
「マルタン…この先に町があるはずなんだが…
俺が、用事を済ませる間、ディヴィッドのことをよろしく頼むな。」
「え……それは」
「マルタンさーん!リュックさーん!
早く早く!」
「あぁ、今行く!」
私の聞きたかったことを邪魔するように、ディヴィッドの甲高い声が響き、それと同時にリュックは駆け出した。
やはり、この旅の行き先は決まっていたのだ。
それがどこだったのかがわかるのはもうじきのようだった。
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