051 : 誘惑5


「君らしくないことを言うなよ。
君も可愛いし、魅力的だ。
だけど…彼は、並外れた一途な男だからな…」

「マルタン……
あんた、昨夜のこと聞いたんだろ?」

「え……あぁ…まぁ、なんとなく……」

答えにくい質問だった。
だが、聞いてないというのもどうにも不自然だ。




「リュック…なんて言ってた?」

「それは…だなぁ……」

これもまた答えにくい質問だった。
どういう風に言えば彼女を傷付けずにすむのか……
しかし、そのことをじっくりと考える時間はない。




「君には悪いことをしたと言っていた。」

咄嗟に私の口から飛び出たのは、そんなつまらない言葉だった。
エヴァは、黙ったまま俯いてじっと一点をみつめていた。



「……なんだい、そんなこと……!」

エヴァは、持っていたグラスを感情的に床に叩き付けた。
幸いなことに、酔客で盛りあがる店内では、その程度の音を気にする者はなかったが。



「エヴァ……リュックは……」

「なんだよ、あいつ、謝ってばかりして……
別にあんなこと、たいしたことじゃないじゃないか!」

「彼がとても真面目なこと…君だって知ってるだろ?
……実は、私も同じようなことを言ったんだ。
そういうことはよくあることだ。
そんなに気にすることはないって……
……リュックにはすっかり呆れらてしまったよ。」

そう言って私が苦笑すると、エヴァの表情もつられるようにふっと和らいだ。



「……あんたの方が堅物に見えるけど、意外にそうでもないんだね。
ねぇ、マルタン……リュックはふだんからあんな風なのかい?」

「あぁ…彼は本当に一途だ。
私は彼とずっと一緒に旅をしているが、彼は女遊びなんてしたことは一度もない。
商売女の所にすら行かないんだ。」

そう言いながら、私はエヴァの壊したグラスを片付けた。



「なんだって…!?
リュックは、そんなにもその人のことを想ってるのかい?」

「信じられないだろう?
……だけど、本当のことなんだ。
彼はそんな生真面目な男なんだ。」

「……そうだったのかい……」

ぽつりと呟かれた抑揚のないその言葉から、エヴァの心情は汲取れなかった。
理解してくれたのか、それともリュックのことを馬鹿だと呆れたのか……



その後のエヴァは、リュックのことは口にはせず、いつもと変わりなく酔客を相手に働き続けた。





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