051 : 誘惑3






「な、なんだって…!?」



昨夜、リュックは戻って来なかった。
そんなことは滅多にあることではない。
だから、当然心配ではあったが、酷い雨が降っていたことからきっとそのせいだと皆に言われ、今日一日待ってみて、それでも戻って来なければ隣町へ行ってみようと考えていた所、昼頃になって、彼はエヴァと一緒に戻って来た。
しかし、安心したのも束の間、二人の様子がおかしいことに私はすぐに気付いた。
二人は、ほとんど何もしゃべらず、ただ黙々と酒場の開店準備を続ける。
いつもとはあまりにも違う雰囲気に、喧嘩でもしたのかと考えていたのだが、店を出たリュックから、私は思い掛けないことを聞かされた。



「俺にも、もうなにがなんだか……」

リュックはそう言って、頭を抱える。



「酔った勢いってやつか?」

「……多分な。」

「多分……?」

「そうなんだ。
俺、昨夜はかなり酔ってて、何も覚えてないんだ。
だけど、俺はエヴァと同じベッドに寝てたし、二人共素っ裸だった……」

「そうか……」



そういうことはよくあることだが、彼に限ってまさかそんなことがあるとは思ってもみなかった。
リュックは信じられない程一途な男なのだから。
だが、そうはいっても彼も男だ。
酔って正体をなくしてしまった時に、男としての本能に目覚めてしまったのだろう。



「マルタン…やっちまったことは今更どうにもならないとは思うが…でも、俺…どうしたら良いんだろう?」

リュックはそう言って、憔悴しきった表情で私をみつめた。



「どうって……
まさか、君…エヴァを無理やり……」

「そ、そうじゃねぇ。
エヴァは……俺のことを好きだって言ってくれた。
だから、家にも泊めたんだし、身体を許したんだって……」

「それなら、なにも問題ないじゃないか。
それとも、エヴァに何か言われたのか?
責任を取れとか、なにか……」

「いや、そんなことは言われてない。
ただ…俺は、ナディアのことを愛してるのに、こんなことしちまって……」

リュックは、心底後悔しているようだった。
普段は、話題にも出さないナディアのことを、彼はやはりずっと深く愛し続けていたのだ。




「リュック……こう言っちゃなんだが……そういうことは世間ではよくあることだ。
特に酒が入ってると、いくら好きな女がいたってついそういうことをやってしまうもんだ。
……それほど、深く考えることはないさ。」

「マルタン……あんた、よくそんな風に考えられるなぁ……」

リュックは呆れた様子で、私の顔をじっとみつめた。


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