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少年は名をカールと言った。
俯いたまま、言葉を選ぶようにカールはゆっくりと話を始めた。
冷静に話を聞くリュックやクロワとは違い、私の心はかき乱れ、鼓動は速度を増していった。

それは、カールの話が私にある記憶を思い起こさせたからだ。



(あの時と、そっくりだ……)



私が思い出していたのは、病に冒された母親を救うため、兄と相談して夜光珠の杯を盗みに行ったジャンとアンリ兄弟のことだった。
不幸なことに、杯を盗んだ兄・アンリは家の近くで転んだ拍子に頭を打ち、死亡した。
夜光珠の杯にはその杯で水を飲んだ者は病気が治る…幸せになれる等といった伝説の他に「盗んだ者は死ぬ」という言い伝えもあった。
ジャンは、自分が杯を盗み行こうと言い出したことで、兄の死をまるで自分の責任のように思い煩い、小さな胸を痛めていた。

クロワの献身的な看護の甲斐あって、ジャンの母親・メラニーはその後回復したのだが、彼らとの不思議な関わりはそれだけでは終わらなかった。
やがて、メラニーに教えられて、物見遊山で訪れた夏至祭の女王のパレードで、私は運命の出会いを果たした。
気高く美しき女王、ソレイユとの出会いだ。
彼女と過ごした時間…それは、夢幻のようなものだった。
その頃の私は人生の至福を感じていた。
だが、それはすべてまやかし……ソレイユは今回クロワがみつけた危険な薬草を遣い、私を操っていたのだ。



ソレイユはもうこの世にはいない。
死んだ人間が生き返る筈はない。
そんなことはわかっていながら…この符号に私の脳裏にはおかしな妄想が浮かび上がっていた。
また、あのソレイユに会えるのではないかという恐ろしく馬鹿げた妄想が……



「大変だわ!
私、先生を呼んで来ます!」

緊迫したクロワのその声で、私は物思いから覚めた。


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