「マルタン、あったか?」

茂みの向こう側からリュックの声が聞こえた。



「いや、みつからない。
そっちもなかったのか?」

「あぁ…爺さん、あんなこと言ってたけど、やっぱりここじゃないんじゃないか?」

「そうかもしれないな。」



宿に戻り、老人とお茶を飲みながら、今日見付けた薬草の話をしていた時、老人が眼鏡がないと騒ぎ出した。
そこいらを皆で探したが眼鏡は見つからず、そのうち老人は何かを思い出したかのように手を打った。
老人は宿の雑用を済ませた後、私達に合流しようと裏山へ行ったらしいのだが、結局出会えず一人で戻ったのだそうだ。
その際に落としたか、どこかに置き忘れたんだろうと言って、老人は納得した風に頷いた。
老人は、いつも眼鏡をポケットに入れている。
裏山で眼鏡を出して何かを見た記憶はないらしいから、置き忘れるということはないだろうし、落としても眼鏡程の存在感があれば、すぐに気付きそうなものだ。
しかし、老人は、頑として自身の考えを曲げない。
確かに、年を取れば若い頃にはすぐに気付きそうなことを、ついうっかりと見落とすこともあるにはある。
私とリュックは老人に同行して眼鏡を探すつもりだったが、出発間際になって宿に客が入ったため、私とリュックだけで探すことになった。
老人の歩いた道筋を目を凝らしてゆっくりと辿り、念の為、その近くの草むらも探したが、やはり眼鏡はみつかることはなかった。



「……暗くなって来たしそろそろ戻るか。」

リュックは陽の沈みかけた赤い空を見上げ、そう呟いた。



「もしかしたら、戻ったらみつかってるかもしれないな。」

「俺もそう思ってた所だ。」

そう言って、立ち上がったリュックの表情が不意に変わり、すぐにまた身をかがめる。



「……どうした?」

リュックは人差し指を口許にあてがって見せ、顎先で方向を示した。
その先にいたのは、あどけない顔をした少年で、背中に大きなかごを背負っている。



「あの子がどうかしたのか?」

「マルタン、あいつ、なにか様子がおかしいと思わないか?」

「おかしいって……何が?
山菜でも摘みに来たんじゃないか?」

「マルタン…こんな薄暗くなってから山菜摘みに来る奴なんていないぜ。
しかも、ほら……あいつの行き先を見てみろよ。」

少年はあたりをきょろきょろとうかがいながら、一直線に進んでいる。
確かに老人がよく山菜を摘む場所とは違う方向だ。
彼の行く先にあるものは……



「……リュック!」

ようやく少年の行き先に気付いた私に、リュックは深く頷いた。


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