「すまないな、マルタン。」

「なぁに、そんなことなら全然かまわんよ。
昼間も夢は見なかったことだし、酒を飲んで眠れば多分大丈夫なんじゃないか?
それに、私がここにいれば女性は出てこられないだろう?」

その言葉に、リュックは安堵したように小さく微笑んだ。



クロワだけならともかく、クロードはこの手の話はまったく信じてはいないため、昨夜のリュックの話は結局話さなかった。
リュックは、また同じようなことが起きるのではないかとたいそう心配していたので、私はリュックを部屋に呼び、リュックを寝台で寝かせ、私は長椅子で眠ることにした。



「じゃ、そろそろ寝るか…」

私はランプの灯りを吹き消した。



リュックにはああいったものの、実は心の中では違う事を考えていた。
おそらく、彼はまたなにかしらの夢を見るのではないかと…私はそんな風に考えていたのだ。
この町に足止めされたということを考えれば、リュックに救いを求めているのはおそらくこの町の者なのではないか…
そんなことを考えながら、私自身もずいぶんと変わったものだと急におかしさが込み上げた。
昔の私はどちらかといえば、クロードに近いタイプの人間だった。
世間には幽霊だの悪魔だのを見たと言う者はたくさんいたが、それは幻覚のようなものだと思っていた。
心にやましいものがあるとか、何かで抱えきれない程の傷を負った者だけが見る言わば心の病気…誤作動のようなものではないかと思っていた。
しかし、旅を始めてから、私は今までは気にも留めることのなかった数々の不思議なものや出来事に遭遇した。
この世のものは目で見えるものだけがすべてではないということを思い知らされた。
だからこそ、リュックのこんな話も素直に信じられる。
信じてはいるが、私は実際にリュックのような夢を見たことがないせいか、怖いという思いもない。
出来る事なら、リュックがまたその女性を救ってやることが出来れば良いのに…と考えてしまうのも、そんな傍観者の無責任さからなのかもしれない。


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