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(どうしよう…やっぱり、ここにいては危険なのかしら?)

イングリットには、この町ではマーチンくらいしか信頼出来る友人はいなかった。
だが、そのマーチンはまだ戻ってはいない。
宿屋は、歩いて行けるほどの距離だが、見知らぬ宿屋にいるよりは自宅にいた方がまだ落ちつけるような気がして、イングリットには決心が着きかねていた。



(そうよ、よく考えればビルが今頃この町にいるはずはないわ。
ここにいたら、捕まる可能性が高いんですもの。
逃げ出したのは早朝だってことだし、きっともう遠くの町に逃げてる筈だわ。)

その考えはイングリットにはとても論理的なものに思えた。
ならば、わざわざ宿屋へ泊まりに行く必要はない。
イングリットが安堵感を感じたちょうどその時、裏口から小さな物音が聞こえた。



(何かしら?)

薄暗いその場所に動くものを認め、イングリットは立ち止まる。



「イングリット!」

そこから動き出したのは、ビルだった。
彼の白いシャツは赤黒い血で染まり、たった一日でまるで別人のようにやつれたその顔は、いつものビルとは明らかに違っていた。



「こ…来ないで…
近寄らないで!」

イングリットは、身体の震えを抑えることが出来なかった。
恐怖で、声までもがかぼそく震える。



「イングリット…俺は…」

力なく差し伸ばされたその片手も、赤く染まっていた。



「な…なんて恐ろしいことを……
あなたは見た目だけじゃなく、心もケダモノだわ!
ここからすぐに出て行って〜〜!」

こらえようのない不安と畏れから、イングリットはありったけの声を出して叫んだ。
涙が止めど無く流れ、足の震えは今にも倒れそうな程激しいものになっていた。



「イングリット……」

ビルの黒い痣の上を、一筋の涙が毀れ落ちた。



(……私……何を……)

その涙を見た時、イングリットは心の中に熱いなにかを感じた。
それが何かを考えようとした刹那、あたりが俄かに騒がしくなり、玄関の扉を叩くけたたましい音が響く。
ビルは、その瞬間、身を翻し、裏口から姿を消した。



「イングリットさん!
開けてください!」

その声に応じるようにおぼつかない足取りで、イングリットは玄関へ向かった。
その間にも、外からは叫び声や物音が乱れ飛ぶ。

イングリットが扉を開けた時、そこにはもう誰もおらず、近所の者が数人、通りにいるだけだった。


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