「じゃあ、行って来るよ。
ビル、庭とイングリットのことをよろしく頼むね!」

「あぁ、気を付けてな!」

その頃、少し先の町で少女を襲って殺すという凶悪事件が発生し、その犯人が捕まったばかりだった。
弁護を請け負ったのはマーチンと同じ法律事務所の先輩弁護士で、マーチンもそのサポートで着いて行くことになった。
難しい事件だけに、しばらく戻っては来られないと感じたマーチンは、後のことをビルに委ねたのだった。

イングリットは、ビルとはマーチンを交えてその後も何度か会う事はあったが、それほど親しいというわけではなかった。
だから、マーチンがそんなことを言い出した時には困惑したが、マーチンが戻るまでは来ないでほしいという事も口には出来ず、複雑な表情でマーチンを見送った。



「イングリットさん、ここに風よけの木を植えてはどうかと思うのですがいかがですか?
こちらからはよく風が入って冬は寒いでしょう?」

「私はまだここで冬をすごしたことがありませんからよくわからないのですが…ビルさんにお任せしますわ。」

「そうですか。
では、明日にでも苗木を持って来ます。
マーチンが戻って来るまでに、ここを素敵な庭にして驚かせてやりましょう!」

「はぁ…そうですね。
でも、ビルさんは、お義父さんの看病もおありでしょうし、そんなにお急ぎになられなくてもお時間のある時だけで良いんですよ。
無理なさらないで下さいね。」

「無理だなんてとんでもない。
俺が役に立てることなんてめったにないんですから…いや、俺とこんな風に気さくに話をして下さる方自体、めったにいません。
俺は……本当に感謝してますよ。
あ……でも、もしも、イングリットさんがご迷惑なんだったら、俺は……」

「そ、そんな!
わ、私はとても助かってるんです。本当です!
ただ、お礼も出来ないので申し訳ないなと…それだけなんです!」

ビルは、切ない表情でイングリットをみつめた。



(私、何かおかしなことを言ってしまったかしら…?)

イングリットは、ビルの表情に不安を感じ俯いた。



「ありがとう!イングリットさん。
あなたは本当に良い人だ…」

そう言って、イングリットの手を握り締めたビルの小さな瞳には、光るものが浮かんでいた。
それを見た時、イングリットはビルの悲しい過去と傷付いた心を知った気がした。
胸が絞めつけられるような想いを感じながら、イングリットはビルにかける言葉をみつけだせないでいた。


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