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イングリットは次の日もまた庭の手入れを続けた。
昨日の男性のことは心に残っていたが、あえて探し出そうという気持ちにはなれなかった。
どちらかといえば、決まりの悪さと罪悪感から、出来る事ならもう二度と会いたくないと考えていた。
「初めまして。」
不意にかけられた聞き覚えのない声にイングリットが振り向くと、そこにはやはり見覚えのない男性が穏やかに微笑みながら立っていた。
「は、初めまして…
あの、あなたは…?」
「私は、隣に住むマーチンという者です。
少し家を留守にしていまして、ついさっき戻って来たら、あなたのお姿が見えたものですから。
こちらのお屋敷をお買いになられたんですか?」
「そうだったんですか。
初めまして、私はイングリットです。
ここは祖父の屋敷だったんです。
長い間放っていましたが、この度、理由あって私が住むことになりました。
どうぞよろしくお願いします。」
「お祖父様の…そうだったんですか。
ずっと空家だったので、売りに出てるものだとばかり思っていました。
こちらこそ、どうぞよろしくお願いします。」
物腰が静かで品の良いマーチンは、イングリットと年が近かったこともあり、すぐに二人は仲良くなった。
仕事が休みの日には、マーチンはほとんどイングリットの家で彼女の手伝いをして過ごすようになっていた。
その甲斐もあり、屋敷はいつしかイングリットの思い描いた居心地の良い場所へとすっかり姿を変えていた。
「マーチン、あなたのお陰でとても良い雰囲気になったわ。
素敵…!」
貼りかえられた台所の壁紙を見ながら、イングリットはうっとりとした表情で呟いた。
「気に入ってもらえて良かったよ。
後は、庭に植えるものだけだね。
実は、私には植物にとても詳しい友人がいるんだ。
彼に頼めばいろいろと力になってくれると思うんだ。
近々、頼みに行って来るよ。」
「その方はお近くの方なの?」
「町外れに住んでるんだ。
しばらく会ってないから会いに行くのにちょうど良い口実が出来たよ。
ただ……」
「なにかあるの…?」
「いや…君なら大丈夫だね。
私は君のことは信じてるから…」
イングリットには、マーチンの言葉の意味がわからなかったが、信じると言われたことに気を良くし、それ以上のことは尋ねなかった。
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