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「あ、リュック、ちょうど良かったわ!」
クロワが酒瓶の乗ったワゴンを押しながら、リュックに声をかけた。
「これをイングリットさんが…」
「おっ!シャンパンだな?」
リュックは、冷えた酒瓶を受け取ると、早速、栓に手をかけた。
栓は派手な音を立てて飛び出して天井にぶつかり、そこらに泡となったシャンパンがこぼれた。
クロードは、その様子に苦笑いを浮かべる。
「リュック、シャンパンの栓は音が立たないように静かに抜かないと…」
「景気が良くて良いじゃありませんか。
さぁ、リュックさん、私がお注ぎしましょう。」
マーチンが皆にシャンパンを注ぎわけ、私達はグラスを合わせた。
「この出会いに乾杯…って所かな?」
「そうですね。
こんなにぎやかな食事はめったにありませんから、あなた方にお会い出来て本当に嬉しいですよ。」
「何言ってんだい。
それを言うならこっちの方だ。
親切にしてもらった上に、こんなことまでしてもらって…」
しばらく他愛ない会話を交わしているうちに、テーブルを埋め尽す程の料理が運びこまれ、クロワとイングリットも揃って夕食が始まった。
「いかがです?
イングリットさんは料理がお上手でしょう?」
「うん、本当にうまいよ!
それにたったあれだけの時間でよくこんなにたくさん作れたもんだなぁ…」
「イングリットさんはとても手際が良いのよ。
私なんて、ただ、その様子を見てただけ。」
イングリットは、少女のように頬を染めて片手と頭を振り、ポケットからメモを取り出し何事かを書きとめるとそれをテーブルに差し出した。
『クロワさんこそ、とても手際が良い。
そのお陰でこんなに早くお料理が仕上がったのです。』
それは、女性らしい繊細な文字だった。
「イングリットさんは字が綺麗で羨ましいよ。
俺はみみずみたいな字しか書けないから、字を書くのは苦手なんだ。」
イングリットは困ったような笑みを浮かべた。
「イングリットさん、いつから言葉が不自由になられたんですか?」
クロードの問いかけに、イングリットの表情が俄かに曇った。
「そんなことより、クロードさん、シャンパンはいかがですか?」
イングリットに気遣ったのだろう…マーチンが唐突に話題をすりかえようとした。
しかし、イングリットは首を振り、身振りと口の動きで、マーチンに何事かを伝えた。
マーチンはそれを見て、ゆっくりと頷く。
「私が、イングリットさんの代わりにお話します。」
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