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「皆、元気でな〜!」
リュックが手を振りながら、一際大きな声で叫ぶと、それに応える子供達の甲高い声とすすり泣きが耳に響いた。
私は、この瞬間が一番嫌いだ。
今回は特に、あまりにも長居をしすぎてしまった。
それも、皆と寝食を共にしながら暮らしてしまったのだ。
さらに、感情表現の素直な子供達と来れば、別れが辛いのは言うまでもない。
クロワは、ハンカチで口許を抑えながら、必死で涙をこらえていた。
子供達の顔を見るのが辛いようで、彼女は後ろを振り向く事もしなかった。
水車小屋が無事完成してから、数日後、以前から要請してあった医師と看護士が到着した。
クロードが新任の医師に引継ぎを済ませた後、私達はようやく孤児院を離れた。
ずっと留まるわけではないことは最初からブランドンには話しておいたが、私達も、これほどまでに長く居座ることになろうとは考えてもみなかった。
それ以前に、一度離れたこの場所に戻って来ることすら考えてはいなかったのだ。
ステファンの胸には、リュックのプレゼントした熊のぬいぐるみが抱き締められていた。
特にクロワとの別れを悲しむステファンに、これをクロワさんだと思って大切にするようにとリュックが贈ったのだ。
私達は、朝早くにピーターやシスターキャロルと共にトーマスの墓に参り、花を供えた。
彼の冥福を祈りながら、私はふと考えた。
トーマスはあのままあの荒野の一軒家にいたら、いまもなお元気に生きていたのだろうか?…と。
そして、すぐにそんなくだらない考えを頭の中から払い除けた。
あの時もしも、こうしていたら…
そんなことは、無意味な考えだ。
未来に至る道にはたくさんの選択肢がある。
だが、一度、そのどれかを選択してしまったら…その流れから逃れる事は出来ないのだ。
どれほど、その前の時間に戻りたくとも戻れることはない。
選び直すことは出来ない。
もしも…なんて想いは、叶えられる願いではないのだ。
トーマスは、こうなったことが彼の運命だったのだ…
「マルタン!……何、ぼーっとしてるんだ?
すぐに馬車が来るぜ!」
「あ…あぁ、わかってる。」
今回は、隣町まで乗合馬車で行く事に決まった。
隣町までが相当に遠いということがわかっていたからだ。
私にはトーマスの家に立ち寄っていきたいような気持ちもあったが、その想いは口には出さなかった。
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