036 : 思い出の向こう1
その後、ようやく落ちついたピーターに、皆からの質問が集まった。
ピーターが、トーマス老人の家に来たばかりの頃に言ったという自分は罪人だという言葉については、全く思い当たる所がないとのことだった。
そう言っただけではなく、自ら檻のようなものを作ってその中に入りそこから出て来ることはなかったことや、ここに来てからも檻のような柵を部屋に取りつけてからやっと落ちついたこと等を皆で話した。
「……そりゃあ、俺だってそれなりに悪いことをしたこともあるけど、そんなたいしたことじゃない。
おやじの財布から金をくすねたり、よその畑の果物を取って食ったくらいのもんだ。
いくらなんでも自分のことを罪人だなんて思ったことはないよ。」
「じゃあ、一体なぜピーターはそんなことを言ったのかしら?」
「おそらく、頭を打った時の衝撃で、以前、見た芝居か何かの記憶と混濁したのかもしれませんね。
もしくは、ピーターの心の奥底になんらかの罪悪感があって、それが過剰に大きくなって現れたたのかもしれません。」
クロワやクロードの話を聞きながら、私とリュックはあの男の語った話を思い出していた。
結局、教えてはくれなかったが、あいつは言った。
「そんな昔のこと等、忘れてしまえば良いのだ」と…
ピーターのあの状況は、彼の過去生に起因したことだとほのめかしていた。
もしも、それが事実なら、ピーターに思い当たることがないのも当然だ。
「それじゃあ、先生。
ピーターは、あの宝箱を見て、どうしてあんなに涙を流したのですか?
ピーターは、トーマスさんのことも全く覚えていなかったのに…」
「それは、リュックさんがその前にトーマスさんのことを切々と話されていたからですよ。
ピーターが感傷的な気持ちになっていた時にあの素朴な宝箱を手渡された。
ピーターは無意識にそれがトーマスさんの縁の品だと推測したのでしょう。
だから、あんな風に涙が出て来たのですよ。」
いかにもクロードらしい論理的な説明だった。
私は、自分の感じたことを口に出すことはしなかった。
何をどんな風に考えようと、それはその人間の自由だ。
私はクロードの説明を聞いても、自分の考えが揺らぐ事はなかったが、だからと言って、その考えをあえて皆の前で話そうとは思わなかった。
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