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「なにはともあれ、ピーターが元に戻ったのは良いことじゃないか。
これも、爺さんのおかげかもしれないな…」
「爺さん…?」
当然、ピーターは、トーマスのことも覚えてはいなかった。
酔って転んでから正気に返るまでのことは何一つ覚えていないらしいのだ。
この長い月日の出来事も、それに関わった人達のことも、彼の記憶には何も残っていないのだ。
転んで目を覚ましたら、いつの間にか知らない場所にいて周りに見知らぬ人々がいた…彼にとって現在の状況はそういうものだ。
ピーターの心の中は、さぞ混乱していることだろう…
「やっぱり爺さんのことも覚えてないのか…
爺さんっていうのはな…」
リュックはピーターにトーマスのことを話して聞かせた。
突然現れた見ず知らずのピーターを小屋に住まわせ、日々、献身的に世話をして来たことを…
ここへ移って来てからも、ずっとピーターのことを心配していたことを…
「……そうだったのか…
俺はその爺さんにそんなに世話になったのか…
礼を言わなきゃならないな。
……あれっ?その爺さんはここにはいないのか?」
「おまえ……わかってなかったのか…?」
「わかるって、何を?」
リュックは、トーマスが死んだこと、そして、ピーターは柩に眠るトーマスを見た時におかしくなり、その後、ピーターが急に記憶を取り戻したことを話した。
「……そうだったのか…」
ピーターは困惑した表情を浮かべて俯いた。
「まるで、爺さんがあの世からおまえの魂を取り戻してきてくれたみたいだな。
あ、そうだ!」
リュックは何かを思い出したように突然席を立ち、食堂を飛び出した。
ピーターは、いまだ心の整理がつかない様子で、残った料理を漠然と眺めていた。
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