033 : 水車小屋1
「あの子は順調に回復しているようですな。」
ふとかけられたその声に振り向くと、そこにはトーマス老人が立っていた。
「ここに来て本当に良かった。
わし達が救われたのも、すべてはあんた方のおかげです。
感謝しておりますぞ。」
「いえ、私達はなにも…
感謝ならシスター・キャロルやここの方々にして下さい。」
「もちろん、シスター・キャロルやここの職員さんにも感謝しています。
しかし…聞きましたぞ。
この孤児院の設立に携わったのも、あなた方だということを…」
「……なりゆきですよ。」
そう言いながら、私はここ最近の出来事を思い出していた。
もしも、あの時、あの場所でブランドンと出会う事がなければ、もしかしたら今ここにこの孤児院はなかったのかもしれない。
私達と出会わなくとも、ブランドンがローザン家を見つけ出すことは考えられるが、資金面のことから彼はおそらく屋敷の購入を諦めていただろう。
そうなれば、孤児院が出来なかっただけではなく、ブランドンは彼の実の母親に巡り合うこともなかったはずだ。
(すべては、神の思し召しということか…)
今までにも幾度となく感じたことだが、私達は自分の意思で動いてるようでいて、いつの間にか、見えない力に突き動かされているのかもしれない。
そう考えれば、ピーターとトーマスは助けられるべくして助けられたのだ。
「マルタンさん、わしにもなにか出来る事はないでしょうか?」
「えっ…?でも、トーマスさんは畑や花壇のお世話をされてるじゃありませんか。」
「……そうですが…
皆さん、わしの身体を心配して、たいした作業はさせて下さらんのです。
それが申し訳なくて…」
トーマス老人はそう言ったが、彼は朝から日が暮れるまでなにかと気を遣いよく働いている。
私の方が働いていない位だ。
彼の年齢と体力では、それ以上のことをするのは無理なように思えた。
「そういえば、トーマスさんはお若い頃はなにをされてたんですか?」
「わしはこれでも建築関係の仕事をしておったのです。」
「あぁ、それで自分で家を建てられたのですね!」
「あんなものは家とは呼べません。
わしはどちらかというと設計の方が得意だったのです。
それに、年を取るにつれ身体が言う事を聞かなくなりましてね。」
- 150 -
しおりを挟む
コメントする(0)
[*前] | [次#]
お題小説トップ
章トップ