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『あいつもそんな昔のことなど忘れてしまえば良かったのに…』
押し殺したような笑い声と共に聞こえて来た声に、私は反射的に振り向いた。
「お…おまえは…!」
『……ひさしぶりだな、マルタン…
元気そうでなによりだ。』
男は、口端を上げ上目遣いに薄気味の悪い笑みを浮かべた。
「あの女がいるとなかなか出て来れなくてな…
なのに、おまえ達と来たら、まるで金魚の糞のようにいつも連なってやがる…」
あいつは、吐き捨てるようにそう言った。
「確か……誓いの丘以来か…?」
『さぁ、そんなことは忘れたな…』
「おまえはいつも暇なんだな…」
『それを言うならおまえ達の方だ。
行く先々でつまらないことばかり…
今回もガキと老人のためにわざわざ引き返し、おまえは花の水やりか…
ご苦労なこった。
人助けをするのがそんなに心地良いか?
それほど善い人だと思われたいのか?』
あいつは眉間に皺を寄せ、不快感を顕わにしながら私を睨みつけた。
『おまえも暇なら人助けでもしたらどうだ?
なんなら、明日はおまえも一緒に水をまくか?』
「あいにくだが、私は花は好きではないので遠慮しておくよ。」
『……そうか、それは残念だ…』
闇の者とこんなにも他愛ない話を交わしているというのに、不思議と私は違和感を感じなかった。
奴が何者なのかということを探ろうという気持ちもいつの間にか失せていた。
もちろん、気を許しているわけではなかったが、何度か会っているうちに、奇妙なことだが昔の知り合いのような気持ちになってしまっていたのかもしれない。
「そういえば…さっきのは何のことだ?」
『さっきの…?』
「昔のことなど忘れてしまえば良いとか何とか言っていなかったか…」
『あぁ、あれか…』
そう言うと、あいつは肩を揺らし押し殺した笑い声を漏らした。
『もちろん、あのガキのことだ。』
「ガキ…?ピーターのことか?」
『さぁ…どうだかな…』
あいつの人を馬鹿にしたようなもの言いに私は気分を害し、それ以上口を開かなかった。
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