アサギ沖合い、そこに漂っていた小さな船の中に、三人は降り立った。 「よかったな、イエロー! お目当ての彼女に会えて」 「ハイ!」 「またよろしくお願いしますね!」 「おう! ルナちゃんの頼みならお茶の子菜々だ!」 「イエ…ロー? ルナ、ちゃん……?」 聞いた事が無い名前に、クリスがキョトンとする。 それが二人の名前なんだろうか? 「なんだ、まだ自己紹介もすんでねえのか。ごめんよ、お嬢ちゃん」 煙草をくわえながら、釣り人のおじさんは申し訳無さそうに謝る。 そのおじさんは、この船の舵を持ちながら、二人についての説明を始めた。 「イエローってのは、そう、こいつの名前。実はこう見えても、1年前カントーでの大騒動を解決したトレーナーだ! 知ってるだろ?『四天王事件』」 当人のイエローは、四匹のピカチュウに囲まれていた。 「んで、ルナちゃんってのが、こっちの嬢ちゃんの名前。1年前カントーでの大騒動でイエローを援護しただけでなく、3年前のリーグで入賞してる」 リボンを着けたピカチュウを撫でながら、にこっ、と微笑みかけてくる。 「よろしく」 「よろしくお願いします!」 二人が手を差し出すと、クリスはささっと身を引いた。 非常に警戒した面持ちだったが、二人は鈍感さというかマイペースさで気付かない。 「ちょ、ちょっとすいません!」 『?』 クリスは三人から離れた場所へと後退した。 そしてボールの中のベイリーフへと、二人に聞かれないようにヒソヒソと話しかけ始める。 (メガぴょん、いきおいにつられてわけもわからずついてきちゃったけど、あの人たちなんなの? いきなり『カントー四天王を倒した』とか『リーグで入賞した』とか『自分達が伝説の3匹を眠りからさました』とか、怪しすぎるよね) そう、怪しすぎる。 クリスにとっては二人は単なる不審者だった。 そりゃあ、まともな説明も無し、今の今まで自己紹介無し、言っている事が突飛している、などクリスが不審者だと思わせるのには充分過ぎた。 逆に信じろ、といった方が無理な所にまで達してしまった。 それはもちろん、ベイリーフも同じ気持ちだった。 しかも先程は落ちるかと思い、心臓が止まりそうだったのだ。簡単には信用はしてやらない。 「あんな顔して、実は悪い人なのかも…。オーキド博士に連絡して、警察を呼んでおいてもらいましょう」 クリスは二人から背を向けて、真面目な顔でポケギアのボタンを押した。 「もしもし!」 『おー、クリスくんか! どうじゃ、イエローとルナには会えたかね!?』 警察を呼んでもらうつもりが、普通にオーキド博士の口から二人の名前がさらりと出る。 「ええええ!? じゃああの人達は!?」 『ん? 何をおどろいとる。イエローとルナがジョウトに来とると聞いたんで、キミに会ってほしいと、わしが頼んだんじゃ』 「そ、それにしても話が要領を得なくて…」 『あー、すまん。今、手がはなせん。イエローとルナの資料を送るから、あとは本人達から聞いてくれ』 ブツッ、という音がして電話は切れてしまった。 「どうしたんですか? 船酔い?」 「酔い止めありますけど飲みますか?」 「い、いえ、なんでもないです!! 大丈夫です!!」 ひょこっと覗き込んでくる二人に、慌てたようにクリスは取り繕った。 その言葉に、二人は安心したように元の場所に戻っていく。 「よかったァ。おじさん、船酔いじゃないって!!」 「船酔いは海の天敵ですからね!」 良かった良かった、と言っている二人をよそに、クリスはポケギアにメールで届いた資料を開く。 最初はイエローの資料だったようで、イエローの写真の下に、 名前:イエロー・デ・トキワグローブ 出身:トキワシティ 年齢:12歳 「つ、次は!?」と驚きながら、次の資料を開く。 ルナの写真の下には、 名前:ルナ 出身:マサラとトキワの境 年齢:14 「年上!?」 「な、なんですか!?」 「え? え?」 自分よりも小さい1歳年上と、自分と大体同じ位の3歳年上を驚きの目で見る、齢11歳のクリスタル。 てっきりイエローは自分より年下で、ルナは同じ位だと思っていた。 そんな事を当人達に言ったらきっとショックを受けるだろう。特にルナは。 あれなのだろうか。やはり田舎者は成長が遅いのか(偏見)。 「はっはっはっ。お嬢ちゃん、心配しなくてもいいよ。オレたちは怪しい者じゃない」 クリスの雰囲気で、何を思っていたか把握したようで、おじさんは陽気に笑った。 「ルナちゃんはともかく、イエローのことだから、どうせきちんと説明もせずに連れてきたんだろうが、 今、この船はジョウト西側の海域をタンバ方面に向かっている。お嬢ちゃんがこの先のルートに考えていると聞いたんで、船を用意しといたんだよ」 やっとまともな説明を聞いたクリスは、疑う事無くおじさんの言葉に聞き入る。 「もちろん本当の目的は、お嬢ちゃんが追っている伝説の3匹について、オレたちが知っている情報を伝えることだ」 「じゃあ、本当のことだったんですね」 「ああ、本当だ」 クリスはようやく納得した。 なぜあの二人が自分を探していたのか、アサギシティにいる事が分かっていたのか。 こんな大切な話、早く教えてもらいたかったが。 「このイエローとルナちゃんこそ、伝説の3匹を眠りからめざめさせた張本人さ。 いや、もっと正確にいうと偶然、そのめざめた瞬間に立ち会ったというべきか…」 なんだか前者と後者で全然様子が違うのだが……、 「もともとオレたちがジョウトへ来たのは、四天王騒動の時、ジョウト方面へ消えたという、大きなとりポケモンについて調べるためだった。しかし…」 途中まで言った所で、ブラッキーがルナの腰から出てきて、模様を光らせた。 「ゲッコウは気配に敏感で、敵の気配を見付けると模様を光らせるんです!」 「という事は……」 「何か来ます!!」 その言葉通り、ババババ、という音が海の向こうから聞こえてくる? 近くまで来て分かった。 それは噴射ポケモン≠フテッポウオだった。 ←|→ [ back ] |