ヤバいヤバいヤバい……! 足を必死に早め、地を思いきり蹴る。 つまり全速力という訳だが。 三年前と比べたら体力はついた方だが、やはり元々体力が無いのと、5歳の時に精神の問題で家にも出ずに何も飲まず食わずの状態があったからか、いまいち体力が無い。 ハッ、ハッ、ハッと荒く息をしながら走り続ける。 ルナの向日葵の髪がぴょこんぴょこんと跳ねる。 リュウから情報を聞いた後、色々用意していたから試験時間ぎりぎりになってしまった。 試験会場はトキワジムのはずだ。 トキワジムなら、なんとか迷わずに行ける。 「はぁ、はぁ、もう少しだよ、チュカ!」 肩に乗ったピカチュウは、コクン、と頷く。 「ほら! 着い……た?」 着いた。着いた、のは良いのだが、そこはルナが知っているトキワジムとは違っていた。 そして、思い出す。 レッドがサカキと戦った時、悲惨にトキワジムは壊滅し、建て直したのだ。 確かにルナも跡地の片付けを手伝ったし、建築費とかも出したが、さすがにどういう風に建て直したかなんて知らなかった。 しかも、元々サカキの性格上なのか、何も無いが一対一の勝負が出来る位の大きさだった。 しかし今はどうだろう。 新しくジムリーダーを就任させるからか、凄く広くなっている。 観戦者がかなり入れる大きさだった。 初め見た時は、嘘だろ、とか思って目を幾度も擦ったが、擦った所でどうにもならない。 一つの心配が過った。 その一つの心配は意外と大きい心配で、辿り着かなきゃ意味が無い。 とにかく入らなければ始まらない。 ごくり、と喉を鳴らしてからトキワジムの中へと入っていく。 結果から言おう。 そんなはずは無いのだが……と首を捻る。 なんだかトイレに出たり、控え室に出たり、トレーニングルームに出たりと、なかなか奥に行けない。 直感が悪いのだろうか、とあまりに不思議で足を止めて首を傾げると、ピカチュウは「ダメだ、こりゃ」という顔をしていた。 「よし……、イチかバチか!」 近くに落ちていた傘を立てる。 そしてパタンと倒す。 おいおい、どんだけ原始的な方法なんだ、とピカチュウが目を剥く。 「こっちだ!」 素直に倒れた方向に行くのがルナらしいというかなんというか。 ピカチュウは、もはやいつもの事だが、この人に着いて言って良いのかと不安になった。 ずっとその方向に夢中で走っていくと、誰かとぶつかった。 「うわわわ、ごめんなさいごめんなさい!」 「気を付けろ」 「はい……すいませ……あれ」 「なんだ、ルナか」 必死に謝った人物は、深緑の瞳を細めてこちらを向いていた。 「グリーン!」 大声で言えば、うるさい、という風に顔をしかめた。 なぜここにいるのだろう。いや、そんな事よりも、 「ここ、どこですか……」 「……また迷ったのか」 「だ、だって……」 はぁぁぁ、と深い溜め息を吐かれる。 一年前までは彼にも敬語だったが、レッド、ブルーと敬語では無いのに、一番付き合いが長いグリーンには敬語じゃないのはおかしいと思って敬語では無くなった。 「ここからの方が良く見えるはずだ」 奥の方に追いやるように背中を押される。 すると、その言葉通り、開けた視界にレッドがポケモンと戦っていた。 「よ、良かった……」 とは言え、やはり少し遅れてしまったようで、4匹目のフォレトスをカビゴンがメガトンパンチ≠ナKOしている所だった。 5匹目のマリルリが、出てきた瞬間に渦潮≠発生させた。 この技は、渦によってポケモンを縛り付ける。だから交代する事が出来ない。 その為、レッドはこの場を切り抜ける為に、眠る≠ナ回復させた。 「!」 ルナは目を見開いた。 水の中で膝を着いたのだ。 まずい。足が痺れ始めたのだ。 恐らく水のせいで痺れの進行もいつもより早くなっているのだ。 レッドは次で決めないと、長引くだけこちらが不利だと踏んだ。 (早く、治療法を教えなきゃ……) ルナはハラハラとしながら、レッドを見つめていた。 いや、大丈夫、彼なら、絶対! しばらくして渦潮≠フ水が引いた。 その瞬間に、カビゴンがメガトンキック≠マリルリにお見舞いした。 審査員達と観戦者は「速い!!」と驚きの声をあげた。 それもそうだ。本来カビゴン位の重量級のポケモンは素早さが低い。 さすが彼のポケモンだ、とルナは興奮したようにきらきらと目を輝かせて見ていた。 「よくやった! ゴン!! よしっ、戻れ!!」 カビゴンをボールに戻し、キャッチする。 今度は手の方の大丈夫だったようで安心して息を吐く。 「最後だ! 頼むぞ、ブイ!!」 レッドはブイ それは一年前にあったナナという少女が持っていたポケモンだった。 ルナがエーフィの話をした時、レッドが何か考え込む仕草をしていた。 その後日に、レッドはイーブイをエーフィに進化させていた。 彼は、 「進化の仕方わかんなかったんだけどさ、ブイにとっては3タイプに進化出来るより、こっちの方が良いかなって思ったんだ」 と満面の笑顔で言っていた。 ポケモンの為にそうやって考えて、分からない事でも率先してやって、彼は凄いと本当にそう思う。 その優しさに、エーフィも嬉しそうにレッドに擦り寄っていた。 そんなコンビだから、きっと勝利を得る事が出来るだろう。 「!?」 しかし、六匹目のポリゴン2が出てきた瞬間に、エーフィに狙いを定めた。 「しまったロックオン≠ウれた! ポリゴン2のでんじほう≠ェくる!!」 レッドが言った通り、ポリゴン2の尻尾のような部分から電磁砲≠ェエーフィに放れた。 しかも事前に技が必ず命中するようになるロックオン≠されては、どうやっても逃げられなかった。 大きなモニターに表示されたエーフィのHPが半分以下になっていく。 遠くで汗を額に流したレッドが口許に笑みを浮かべる。 「すまない、ブイ。おまえにはいつも頼ってばかりだな」 エーフィがフッと微笑んだ。その微笑みはとても頼もしい物だった。 正直 どちらかと言うと、妬きもちの方だが、ルナはそんな感情は知らない。 普通に羨ましいだけ、と思っていた。 レッドは人差し指を立てた右手を天に向ける。 「いくぞ。1つのタイプに進化したおまえの力を信じてるぜ!」 エーフィのタイプは 「あさのひざし≠ナ、力をたくわえろ!!」 上にある窓から漏れる木漏れ日を、エーフィは吸収するようにその身に集めた。 「そして! これで決める!!」 恐らくエスパータイプで一番強い技で、ポリゴン2は倒れた。 それを見た瞬間、ルナは歓喜でいっぱいになる。 思わず側にいたグリーンの手を掴んでぴょんぴょんと跳んだ。 「良かった良かった!」 「……うるさい女だ」 嬉しそうなルナに、しょうがないなとばかりに手を振り払わずに、付き合ってやるグリーン。 しかし、ふと、それが止まる。 「……ルナ?」 ぼす。とルナの頭が胸に当たる。 そして、繋がれた手に、生暖かい物が落ちる。 ルナは、泣いていた。 ただ、泣き声も、嗚咽も、あげなかった。 きっとそれは自分に泣いている事を示したく無かったのだろう。 どうすれば良いか分からずに、とりあえず泣いている事を気付いてないフリをする。 その時、レッドの声が聞こえた。 「……すみません。せっかくですが、ジムリーダーは辞退させてください」 勿論、理事は驚きに目を見張った。 そんな理事にレッドは、勝ち抜けるのに目標より時間がかかったと言った。 「正直言うと立っていられるのもギリギリの体調なんです。昔からの夢だったリーダーになりたくて不調をおして受験しました。 でもこんな状態でリーダーを務めるのはやはり……、無責任だと思うんです」 その言葉に、理事も審査員も観客も驚いたが、ルナも驚いていた。 周りはざわめきに包まれた。 じゃあ誰がやるんだ、またリーダー不在のジムになってしまうのか、と。 グリーンはふと、呆気に取られているルナを見つめながら、先程泣いていた光景を思い出した。 そしてルナを、そっと離した。 「その役目、オレが引き受ける」 側では「え!?」という声がした。 「もちろん、そのための試験が必要なら始めてくれてもかまわないぜ」 貴方に近付こうとした (貴方が遠くに感じて) (涙が頬を伝っていた) ←|→ [ back ] |