一瞬その言葉にキョトンとする。

だけど、その言葉を理解すると、少しだけ胸が苦しくなった。

謎の感覚を疑問に思いながら、「どうして?」と聞く。

『ど、どうしてって……』

急に聞きたくなったのに理由なんか無い。

とにかく、さっきからルナの顔が頭にちらついて仕方ないのだ。

『……多分、明日は試験だからかな』
「? 試験なら、早くご飯食べてお風呂に入って眠った方が良いと思うけど……」

母親みたいな事を言うなぁ、と苦笑する。

全然分かってくれない彼女に歯痒いとすら思う。

『ルナがもしそういう日になったらどうするんだよ?』
「えっ……うーん、あ! 緊張して誰かの声を聞きたくなるかも!」
『だろ?』

テレビ画面ごしに眩しく笑って見せる。

その誰か、が自分なのかとちょっぴり恥ずかしくなる。

「えへへ……ちょっと嬉しい」
『……良かった』
「え?」
『最近さ、張り詰めた顔ばっかしてるだろ? だからそういう風に笑ってくれて良かったな、って』

張り詰めた顔ばかりしていたのか、と自分の顔をぺたぺた触る。

『やっぱりルナには笑顔が一番だ!』
「て、照れます……そ、それよりっ、明日の準備は大丈夫なんですかっ?」

照れているからか敬語になるルナは、話題を変えるようと明日に向けての事を聞いた。

『ああ! ポケモンたちは充分鍛えたし、タイプや有効わざも頭に入ってる。ルナが教えてくれたおかげだ!』
「い、いえ、レッド君はやっぱりポケモンの事は頭に入りやすいので教えやすいです」
『ルナの教えかたが良いんだって!』

褒められると恥ずかしくなって顔を赤めて敬語になるのがルナだ。

照れ臭そうに頬を赤らめながら、両手を頬に当てる。

「えと、ちなみに作戦とか考えているんですか?」
『気力と、根性!』
「ふふふ、レッドらしい!」

普通の人なら、呆れそうな所を、ルナはクスクスと笑った。

『ハハ、そうかな?』
「うん! ……なんだか安心しちゃった! レッドなら大丈夫!」
『!』

  レッドなら大丈夫!

向日葵のような笑みで言われ、その言葉を頭の中で何度もリフレインする。

タケシにも、カスミにも、同じような事を言われたのに、だ。


心によく染みた。


『おう、頑張るよ!』
「ただ……あの」
『え?』
「えーと……その」

急にもごもごとし始め、言いにくそうにする。

なんだなんだと首を傾げると、ルナの瞳はウルリと潤んだ。

「え!?」と思わず焦ってしまう。どうして瞳を潤ませているのだ、と。


「辛い時は、辛いって言ってください……っ」


ぼろぼろと涙を溢し始める。

それを見てハッとした。

ルナは三年前のポケモンリーグで、泣く事を止めてしまった。

その事に耐えれ無かったレッドは、その二年後の四天王を倒したその日、「自分の胸の中でだけ泣いても良いんだ」という事を伝えた。

そのおかげで、ルナは泣きたい時、いつも自分の側に来てくれた。

話をしただけで涙が引っ込む時もあれば、胸の中に飛び込んで泣く事もある。

つまり、自分にだけは頼ってくれているのだ。

(そうか、ルナも……)

ルナも頼って欲しいのだ、自分にだけは。

(優しいんだな……)

優しさ以外に、なにか特別な感情を欲している自分がいる気がするが……まぁ、気のせいだろう。

『ああ、分かったよ』
「……レッド?」
『辛い時は、絶対に辛いって言う』
「! ……うんっ」

笑顔で頷くレッドに、ルナは安心したように笑った。勿論、向日葵のような笑みで。

『じゃあ、そろそろ切るな?』
「うん!」
『明日見に来てくれよ!』
「モチ! だよ!」

ルナがレッドの真似をしながら言うと、レッドは笑いながら通話を切った。

切られたテレビ電話の黒い画面が視界いっぱいに広がった。

黒い画面に向かってにっこり笑うと、ルナはすぐに画面から離れる。

「よし! 調べ物再開しよっか!」

ピカチュウに言うと、ピカチュウは元気良く頷いた。

絶対に、方法を探して見せる!


# # #



ポッポ達の元気な鳴き声が聞こえてきて、ルナはうっすらと目を開け始める。

すると、眩しい朝の陽射しが目を刺激して、反射的に目を閉じた。

だが「朝の陽射し……朝の陽射し……朝の陽射し!?」となり目をカッと見開き、近くの時計を見る。

……しまった、資料室で調べ物をしながら寝てしまったようだ。

あちゃー、と頭に手を当てて沈む。

絶対に今日まで見つけると意気込んだ結果がこれだ。

情けなさすぎて溜め息も出ない。

とはいえ、ルナは最近は一睡もせずに調べ物をしていて、昨日はいつもより気合いを入れてしまった分、気疲れしてしまった訳だが。

しかし、ルナとしてはそんなのは関係無いと思っている。

ただ自分自身の「気力と、根性」が無いのだ、と。

ふと、外がほんの少しだけ賑やかになった事に気付く。

何度も再確認させられるがリナはいない。だからお客だろうか。

「イエローさんかも……!」

イエローの事だから、自分と一緒に見に行こうと思って向かえに来たのかもしれない。

ルナは一緒に寝ていたピカチュウを起こさないように細心の注意を払いながら資料室を出た。

廊下を渡っていると、まだ今は朝方なのだと知らされる。

薄暗くもあり、眩しくもある。

長い廊下を突っ切り、玄関のドアをキィッと音をたてて開けた。

まだ玄関の前にはいないらしい。

となると庭から微かに聞こえる声からして、花畑の方にいるのだろうか。

あのイエローだから、すぐに庭のポケモン達と仲良くなれるだろう。

イエローがポケモン達と仲睦まじくしている様を想像すると笑みが溢れる。

庭の花畑に出ると、さわさわとした心地好い風がルナの向日葵のような髪を揺らした。

ルナは目の前の光景に、息を止めた。



花畑の花たちが風で散り、花弁が空を舞う。

その花弁を纏うように、ポケモン達に囲まれながら近くのポケモンの頭を撫でている。

撫でている手は、大きく逞しく、でも撫でる力は優しくて。

嬉しそうにするポケモン達を見ては、その漆黒の瞳は細くなり、口許は優しく笑みを浮かべていた。

時折、風で真っ黒な髪はさらさらと細い糸のように靡く。

御気に入りのパーカーは、肩の下へと落ちていて、中からはタートルネックが見えている。

そして、ルナの存在に気付けば、爽やかに微笑んだ。


「よお」


その人はイエローでは無かった。


「リュウくん!」


すぐに彼のもとに駆け寄る。

リュウはポケモンを撫でていた手を止めて、パーカーのポケットに手を突っ込み、はにかんだ。

「久しぶり」
「はい、本当に……! 元気そうで良かったです……!」
「当たり前だろ? ルナも元気そうでなにより」
「元気もりもりですよっ!」

腕をぴこぴこ動かして元気さをアピールしてみせる。

うん、元気そうだ。とルナの愛くるしさに笑みが自然と浮かぶ。

「でも、今日は突然どうして? あっ、別に来て欲しく無かった訳じゃないですよ!? びっくりしたけど本当に嬉しかったです……!」
「あーあー、分かってるから」

自分で言った言葉に、わたわたとする。

別に純粋な問いだという位わかる。だがわたわたとしているルナが可愛いから問題無い。

「ルナ、オレになんか聞きたい事、無い?」
「え……? ……えと、背、伸びましたか?」
「うん、伸びた、伸びたけど違うよね」
「やっぱり! レッドといい……私にも背が欲しいです!」
「ああ、やっとイエローを越してる位だもんな。ていうか聞いてます?」

意外と背を気にしている御様子のルナは全くリュウの話を聞いていないようだった。

「あ、あれ、違うんですか?」
「まっっったく違うよ」

少し呆れて言うと、いたって真面目に「おかしいなぁ……」と呟かれる。

「あ! ナナさん元気ですか?」
「元気過ぎて鬱陶しい位だ。つか、違うし」
「インスタントばかり食べてませんか?」
「ああ……だってオレ料理出来ねぇし。って違う」
「ずっと聞きたかったんですが、そのパーカーって一枚なんですか?」
「そうだけど! 違う!」
「背が伸びる秘訣は……」
「まだ気にしてた!? もういいよ!」

ふぅ、と息を漏らすと「あれぇ……?」と驚愕するルナ。

なんていうか天然に磨きがかかった気がしないでも無いのだか。

がしがしと頭を掻いて、改めてリュウはルナの目を見つめた。


「痺れを治す方法」


さらりと口から発せられた言葉は、ルナの心を突き動かす物だった。

「そ、それをどこで……」
「何言ってんだよ。
 オレは情報屋≠セぞ」

ニッ、と至極当然だという顔で笑ってみせる。

「そう、でした」

どうしてもっと早くに気付かなかったんだと悔やむ気持ちと、もしかしたら治療法が聞けるかも知れないという高ぶった気持ちでいっぱいになる。

そうだ。情報屋≠ニして名高い(らしい)彼なら、きっと……!

「方法って、なんですか!?」
「おっと。まぁま、落ち着けよ。急いでも情報は逃げないって」
「でも手遅れにはなります」
「ならねぇよ。一年経って今更」
「でも悪化してるんですよ!?」
「一年経ってやっとだろ? なら今更これ以上急に悪化はしない」

ルナが切羽詰まった顔で詰め寄るので、リュウは肩を押さえて落ち着かせる。

だが、逸(ハヤ)る気持ちはどうしようも無いらしく、強い口調になってしまった。

しかしそこで身を引いては、ルナの気持ちは落ち着かない。

逆に落ち着き切った声で言うと、やっと気持ちが落ち着き、納得したのか俯いた。

「そうですね……すみません」
「いや、大丈夫だ」

なんとも無かったかのように微笑みかけてくれるリュウに、ルナがほっと息を吐く。

「方法は今から話す。よく聞けよ?」
「はい……!」




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