耳に花を付けたピカチュウが、リボンを付けたピカチュウとノーマルのピカチュウに近付いてきた。

すると、三匹のピカチュウは仲良く互いの尾で電気を流したりする。

電気タイプ同士の意思疎通は、互いに電気を流す事である事がわかっている。

だから、それを知っている博士の卵である向日葵の少女  ルナは和やかに微笑んだ。

そんなのを知らない赤い少年  レッドだって、三匹が仲良しという事は目に見えていた。

「なんだ、お前ら。仲良しだなー」

よしよし、とにっこり笑いながら三匹を撫でる。

「レッドさん…、ルナさん……」

岩影から姿を現したイエローは、酷く心配そうに眉をハの字にしていた。

その声で存在に気付いたのか、二人はパッと顔をあげる。

「よお! イエロー!! 久しぶり」
「イエローさん! やっぱりこのピカチュウはイエローさんのですか?」
「ハ、ハイ……」

憧れの二人が明るく言う物の、イエローの心配そうな顔は消えなかった。

「あの…レッドさん、その手は…いつから…?」
「ああ…見てたのか。心配すんな、たまにしびれるだけだから」
「……」

恐る恐る聞くイエローに、レッドが何でも無いように笑ってみせる。

それを、ルナは険しい顔で見つめていた。

「なんとかなるさ、これくらい。たいしたことないない!」

そう言って右手を見せる。

彼の手は、また一段とたくましくなっていた。

「でもそんな体調じゃ明日は…」
「そうよレッドくん、安静にしていたほうがいいわ」

イエローとグリーンの姉のナナミが心配そうに言うが、ルナだけはなにも言えなかった。

なぜなら、明日、レッドがどういう気持ちで、「それ」に挑むのか知っているから。

もっとも心配なんて、ずっと前からしているが。

「ナナミさん…イエロー、心配してくれるのはうれしいけど、そういうわけにはいかないよ」

言って、右手に持っているボールを掲げるように左手を添えて突き出した。

「だって、明日はオレのトキワジム、ジムリーダーの資格をかけた試験の日だからね」

そしてトレーニングの続きに戻ってしまった。

イエローとナナミは困ったように顔を見合わせる。

ふと、イエローはレッドのこの無茶をルナはどう思っているのだろうとそちらを向いた。

だが、

「イエローさん、ナナミさん。レッドの事お願いしますね」

向いた時にはルナは走り去ってしまった。

「ルナさん……?」


# # #



早く、早く、と足を急かすように動かした。

そのせいでピカチュウは必死に四つん這いで駆けなければ、歩幅の違いの関係で追い付けなかった。

いつもは、ピカチュウの事を気にしながら、のんびり話をしながら歩くのだが、今は違った。

家の庭に放されたポケモン達に目も呉れず、淡々と歩いていく。

そしてバタンと勢い良く扉を閉じ、廊下を突っ切った所にある資料室に駆け込んだ。

その資料室は、色んな所からの資料が寄せ集められている為内部は広く、色んな言語の資料が散らばっていた。

同じように家の中にある本はほとんど読破したのだが、さすがに資料にはほとんど触れていない。

だが、なぜ今さら資料室に入って、バサバサと資料を漁っているかといえば、大事な理由があった。

(早く、痺れを取る方法を……!)

それは、レッドが苦しんでいる左手の痺れを取る為だった。

一年前は、本当になんともなかったから、資料室に入る事は無かった。

そして痺れを感じてきた時も、レッドは人一倍心配性なルナを心配させないように、隠していた。

最近になって、とうとう痺れを誤魔化せない位にまで悪化してしまったのだ。

それを知った時、勿論心配したし、なぜ隠していたのかと怒りもした。

やはりレッドは「ルナを心配させたくなかったから」だと言った。

しかし、心配させたくなくて隠していたという事はつまり、頼ってくれなかったという事だ。

だからそれを聞いた時、怒りよりも悲しみが込み上げた。

ああ、レッドにとって、自分は頼りないのか、と。

優しいレッドの事だからそんなつもりは毛頭無い事位理解しているが、それでも、悲しみは自分を浸食してきた。

だいたい、自分には「泣きたい時はオレの所に来いよ」だとか「オレにはなんでも言ってくれよ」だとか言っていたのに、本人はそれをしないだなんて不公平だ。


頼るばかりでなく、頼られたい  


なんだか悲しくなってきて、資料を漁る手を止めていると、電話の音がけたたましく鳴った。

リナだろうか?

そう思っていると、電話がある場所から走ってきたピカチュウがジェスチャーで何かを伝えてきた。

ポケモンのジェスチャーなんて、普通の人には理解出来ないが、そこはルナのポケモンと分かち合う力でカバーだ。

「ふんふん、なるほど。山形ヘアーに帽子  って」

山形ヘアーなんて世界に一人、

「レ、レッド君!?」

思わず「君」付けで呼んでしまう位に動転していた。

とにかく、早く出なければ!

持っていた資料を机上に置くと、走り出した。

  が、足元に散らばっている資料に足を取られてしまう。

ずべっ!

「はぶっ!! あぅぅ……痛い……」

思いきり鼻をぶち、さすさすと撫でる。

「はっ! いけない! 早く出なきゃ!」

いつもはリナが出たのを引き継ぐのだが、今リナはいない。

早くしなければ電話が切れてしまう。

だが、焦り過ぎているからか、思ったように足が動かない。

「ぶっ!!」

体が先に動いてしまってドアを開ける前に部屋に入ろうとして、今度は額を打ち付けてしまった。

あまりの痛みにしゃがみ込み、額を押さえて声にならぬ声をあげた。

まだ電話は鳴っている。

今度こそ、と扉を開けてから部屋に入る。

その部屋の奥には通常より大きなテレビ電話が設置されていた。

ああくそっ、どうしてこの部屋はこんなに大きいんだ!

とも思うが、比較的小さい方である。

というか、今の状況じゃどんな小さい部屋でも広く感じる。

「もう少し……!」

別に部屋の中で向かい風が吹いてるでもなし、そんなに大袈裟に手を伸ばしてテレビ電話に向かわなくても良いものを。

リナがいたら間違いなくお姉ちゃんハァハァ可愛いよとか思いつつ、何をそんなにダイナミック演出する必要があるのかと呆れるだろう。

もう少しで届く、という時に二度ある事は三度ある物で。

大袈裟に手を伸ばしたせいでバランスを崩し、ゆっくり前へと倒れた。

前へと、というと手を伸ばしているのはテレビ電話なのだから、テレビ電話の乗った机に激突する訳で。

今度は頭部を角に「ガンッ!!」と大きな音をたててぶつけた。

これには息が止まる位の痛みと衝撃がルナに走った。

起き上がれる訳も無く、床で頭を押さえながらゴロゴロゴロゴロと転がる。

と、その時に、テレビ電話の鳴る音が止んでしまった。

ああ、もう駄目だ、切られてしまった。

きっと彼は自分は電話にも出ないずぼらな奴なんだと誤解されただろう。

そして、もう二度と掛けてくる事は無い。

ああ、この世の終わりだ、神よ、私は生きてる意味を見出だせません。

神にまで話しかける位に絶望に叩き付けられたルナの脳裏で「ルナって調子良い女だよなー」なんて伽羅崩壊まっしぐらのレッドが話しかけてくる。

はい、そうです。自分は調子の良い女だったのです。

  重症だった。

なんだか上の方でピカチュウが鳴いている気がするのだが気のせいだろうか。


『おー、チュカ! ルナはどうした?』


絶望のせいだろうか。聞こえるはずの無い声が聞こえてきた。

さっき自分に調子良い女だと言った少年の声が……(現実と妄想がごっちゃになっている)。


『ん? 下? 下にいるのか?』


どうやらピカチュウが下を指差したらしい。

確かに机の下にいるのだから、下なのだが。


『ルナー?』


自分を呼ぶ声がして、はっとする。

これは妄想なんかじゃない。本当にしている声なんだ。

バッと立ち上がろうとした  のが運のツキ。

机の下から上に立ち上がれば勿論、机があるわけで。

ぐらぐらとテレビ電話を揺らす位に勢い良くぶつかった。

『お、おい、大丈夫か……?』

テレビ電話を通じて画面が揺れたのと、凄い音がした事で、レッドにもルナが机にどこかを打ち付けた事が分かった。

ましてやあのドジなルナだ。すぐにわかる。

やがてぺたぺたと机に這い上がってくるルナ。

『……ずいぶんとボロボロだな』

思わず苦笑いになる位、ルナはボロボロになっていた。

それもそうだ。色んな所にぶつけたのだから。

「あ、あはは……き、気にしないでください」

そんな事を敬語で言われたら逆に気にするのだが……とそれは思っただけで口には出さないでおいた。

「どうしたんですか、急に?」

普段は滅多にテレビ電話はなんてしないのに。

なぜなら直接ほぼ毎日会っているからだ。

たまにお互い忙しく、会えない日があると電話したりするが。

しかしなぜ今日なのか。今日は会ったはずなのに。

すると、急にレッドは照れ臭そうに頬を掻いた。


『急に、声を聞きたくなってさ』






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