「ふーっ」

やっと着いた、と呟いた少女は酷く疲れきった顔をしていた。

カントーとジョウトを繋ぐ海を渡ってきたらそれは疲れるだろう。

しかも、自分の黒歴史があるジョウトときた。

あまり良い気はしない。

だが親愛なる姉の頼みを断るなんて事は出来なかった。

重度のお姉ちゃん愛に自分でも苦笑いになる。きっと一生治らない、治す気もない。

「暗っ……」

もうジョウトに着いた時には、どっぷりと日が沈んでいた。

そんな時。

  ギュム。

「……マリル、くっつかないで……」

このマリルは、少女の昔からのパートナーだった。

恐がりで寂しがり屋なポケモンで、少女は大層マリルに頭を悩ませていた。

「……はぁ、おいで」

すると、ぴょこんと少女の胸元に飛び込んできた。

嬉しそうに尻尾をピコピコと動かしているのが非常に可愛かった。

「それにしても……ここ、どこ?」

姉が、旅立つ際にくれたポケギアをいじって地図を開く。

因みに服装も姉が仕立てたものだった。お返し、とかなんとか言って。

正直、彼女の服装のセンスが……なんというか、凄かった。

色の統一が無かったりして、自分の服装を他人が着ていたら目がチカチカしそうで目を瞑ってしまいそうだ。

勿論本人にそんな事言えるわけないのでそのままだが。

「ワカバタウン? 聞いた事あるような無いような。ま、どうでもいいけど」

刹那  

風を切る音が耳に響いたと思えば、結っていた髪がパサリと落ちて首をくすぐった。

「! リボンが!」

リボンが無くなっていて、近くには暗くてよく見えないが鳥ポケモンが飛んでいた。

「アイツか……ちょっと! わたしの大切なリボンを返しなさい!!」

ポケギアのライトで鳥ポケモンを照らしながら追いかけていく。

あのシルエットは見た事がある。オーキド博士の研究の手伝いをしていた時だ。

しかし、別に思い出す気も無くて思い出さないままだった。

追いかけていく内に、誰かの家の庭に着いてしまったが、そんなのお構い無しだった。

「ん、あれ?」

暗くてよく見えないが、誰かが木の前に立っていた。

ここの家の人だろうか。

「お邪魔してるけど……気にしないで」
「あ、いやおいらはここの人じゃないでやんすよ!」
「え? じゃあ……泥棒?」
「いやいや!! そんな事してないでやんすよ!?」
「あっそ」
「あっそ!?」

そんな事よりも、リナは黒い鳥に取られたリボンの方が何百倍も大事だった。

(あれは……お姉ちゃんとの大事な思い出が詰まったリボンなんだから!!)

「ちょっと、アンタ! 邪魔だから退い  
「オイ!!」

ボールを構えて、変なやんす口調の男に退くように言おうとするが、謎の声によって遮られた。

もしかしたら今度こそ、ここの家の人かもしれない。

「アンテナこわしたのおめえか? よくもオレのお楽しみタイムを邪魔してくれたなあ!」
「………!!」

リナが見えてないのか、やんす口調の人にだけ言っているようだ。

空気が薄いってか、あぁん?

とかリナが心の中で思うが、二人は勿論気づかない。

「ち、ちがうでやんす!! おいらは、た、たんぱんこぞうのゴロウ! あやしい者ではないでやんす!!」
「夜中に人んちの庭でコソコソしやがって、おもいっきりあやしーっつーの!! やれや、エーたろう!ひっかく!!」

怪しい者では無いと言った奴は大概怪しいんだよなぁ、とリナが思っていたら家の主が怪しんでエーパムにコラッタを攻撃させていた。

ところでやれや、って何だ。

別に自分が攻撃されわ訳でもないのに「ギャ  !!」と悲鳴をあげるゴロウに、リナはもはや突っ込み切れずに溜め息を吐いた。

「ご、誤解でやんす!」
「……じゃあ、おめえか!?」
「は?」

いつのまにか矛先がリナへと向かっていた。

というか自分の存在に気付いていた事の方がよほど驚いた。今までガン無視だった癖に。

「おめえがアンテナを壊したんだろ!」
「……はぁ」

家の主に余裕で聞こえる、大きな溜め息を吐くと、家の主が若干イラついたのが雰囲気でわかった。

しかしこちらだって濡れ衣を着せられ、イラついている。

「なんでわたしがアンタなんかのアンテナを壊さなきゃなんないわけ? そんな無駄な疑いを向ける前に、まずこの上を見たら?」

木の上を親指で指すと、家の主はリナの言い方に文句ありげにしながら木の上を見た。

そこには、先程リナのリボンを盗った黒い鳥が大きなバックとアンテナ、それから勿論バックにひっかかっているリナの黒いリボンと一緒に鎮座していた。

「あれは…」
「ヤミカラスでやんす。オイラ、荷物をはこんでいる途中で…。それをあのヤミカラスにとられたでやんす」
「わたしはリボンを盗られたわ」

そう言われれば、ヤミカラスって名前だったなぁ、と興味無さげに思いながら家の主をジトーと睨む。

「アンテナの部品をとったのもやつか!」
「そういう事」
「誤解ってわかってくれたでやんすか!?」
「……。よくあることだ、気にすんな」

うんうんと頷き、フッと笑う家の主にゴロウはがくっとこけ、リナは酷く呆れていた。

なんて適当な奴なんだ。

「さて…。あそこまでのぼれないこともねーが、ちこっとめんどーだな。おまえの荷物、どのくらいの重さだ?」
「え…え!? けっこう重いでやんすよ、5〜6kgとか」

それを運んでいたゴロウの、見た目以上のタフさにリナは突っ込みたくなった。

「…となると、これでいくか」

家の主は、キューをボールにあてがうと、それを上へとはじき上げた。

ありえないスピードで上がるそれを、三人は見上げる。

「ビリヤードのキューでジャンプショットを…! モンスターボールを打ち上げたでやんすか!」

木の上では、エイパムがヤミカラスに蹴りを食らわせていた。

「今だ! アンテナの部品を下におろせ、ついでにこいつらのリボン付きの荷物もな!!」

即座にリナとゴロウが「ついで?」と家の主に呆れたような、不満ありげな顔で見た。

本当にこの少年は人を振り回すのが得意だなぁ、と溜め息混じりに思う。

さて、木の上では小さなエイパムにヤミカラスが襲いかかろうとしていた。

「急げ!!」

その命令通り、エイパムはわたわたとロープを付けたリボン付きバックと、アンテナを木の上から落とした。

すると、少年の後ろ襟についたロープがバックとアンテナの重みによって上がり、少年を宙へと入れ替わりに上げた。

(なるほど、そういう事……)

実に器用な戦法だと思った。

「よっと」

少年は木の上にたどり着き、ヤミカラスに向かってボールをキューで弾いた。

ボールにはヤミカラスが入り、無事に捕まえられた。

「すごい! つかまえた! それはいいけど…、あぶない!

ゴロウは木から落ちそうな少年に、リナが耳を塞ぎたくなる位に大きな声を出した。

対してリナは涼しげな顔だ。

落ちる!!

ゴロウが顔を真っ青にして目を伏せるが、少年が落ちるような音はせず、恐る恐る目を開くと自分の目の前で少年の落下が止まっていた。

少年の背中にはエイパムがしがみついていて、エイパムの尻尾が木の枝をつかんで彼を支えていた。

やはり、とリナは思った。

彼の突発的な行動は、ただ体が動くままにそうしたものではなく、しっかり計算されたものなのだと。

「エイパムのエーたろう。しっぽのほうが手足よりも器用ときてる。おもしれーだろ!?」

すると突然、一件落着がわかったかのように少年の部屋からポケモンがぞろぞろと出てくる。

他の人達だったら驚くだろうが、いたってリナは驚かない。

それもそうだ。リナの家、正確にはルナの家には彼の家よりも野生のポケモンがいるのだから。

「おーみんな。ありがと、ありがと。心配すんな。だいじょうぶだから」

ベロリンガにベロリンと舐められる彼は実に楽しそうだ。

リナもよくああいう風に囲まれて舐められたものだ。……少し、寂しい。かも。

しかしゴロウは木から降りていく彼を、あんぐりと口を空けて驚いていた。

「これ…ぜんぶキミんちのポケモンでやんすか? い…いっぱいいるでやんすねぇ〜」
「オレが生まれたときからこうだったんだ。もう家族みたいなもんだぜ。近所じゃあ、ポケモン屋敷って呼ばれてる!」
(家族……ね)

  みんな、家族だよ!

  勿論、リナもだよっ!

愛しい姉の言葉。自分を救いだしてくれる優しい言葉。

それはいつだってリナの心に優しく染み入る。

思い出しながらリナが暗闇に紛れて優しく微笑んでいると、少年がくるとこちらを向いた。

「あんたの名前は?」
「……リナ」

せっかく思い出に浸っていたのに、と一気に不機嫌になるリナは意外と単純だ。


「オレはゴールド。よろしくな、リナとゴロウ」


「リボンと荷物戻ってきてよかったな!」と彼は笑いながら付け足した。


なんて最悪な出会い頭
(初めは犯人扱い)
(なんて軽いヤツ)

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