ホテルの洋室に、温かな西日が射した頃、ポッポが集って鳴き出す。

それを目覚まし代わりに、寝巻きとしてジャージを着た少女が微睡み(マドロミ)からゆっくりと眼を醒ます。

「ん……くあぁ」

はしたなく、手をかざさずに大口で欠伸をしながら、腕を目一杯伸ばして身体を開放的にした。

「おはよ、マリル」

御主人の真似をするように欠伸をしながら短い手を目一杯伸ばしているマリルにそう言うと、マリルは元気に鳴いて飛び付いてきた。

まだ進化していないので、ポケモン達はボールの中に入れずに開放していた。

しかしマリルは特別で、御主人の隣が特等席なのだ。

まぁ、勿論それについて他のポケモン達が黙っている訳が無く、色々今まで揉めてきたが、今では共通認識になっていた。

「よっ……と」

温かくなったベットを少々名残惜しく感じながら、顔を洗う為に這い出る。

冬なんかは極度の寒がりで、なかなか出る事が出来ないのだが。

雪が降る頃なんか姉が起こしにくるまで布団にくるまっている。

ベットから出てからも、着ぶくれする位に厚着をして、炬燵に入り浸る訳なのだが。

それ位に寒がりで、冬が大っ嫌いだった。

「ぷは……あ、有り難。マリル」

水でばしゃばしゃと顔を洗うと、マリルがタオルを渡してくれる。

マリルは普段、子供で、無鉄砲だが、こういう時気が利く。

「朝食は、っと……外で良いか」

そう言ってバッとジャージの下を脱ぐ。

すると、いそいそとイーブイ(♂)、チョンチー(♂)、メリープ(♂)、レディバ(♂)が見まいとしてどこかへ逃げ隠れた。

「……別に良いんだけど」

それでもポケモン達にとっては良くないのだった。

ぱぱっといつもの緑の服を着て、見た目がスカートなキュロットを穿き、横ストライプのハイソックスを履く。

そして、蜜柑色の髪を左側に真っ黒なリボンで結わえる。

これでいつものリナの姿となった。

大袈裟かもしれないが、リナとしても、この姿で真っ黒なリボンを結わえた自分がしっくりくるのだ。

そうして今まで隠れていたポケモン達も寄ってきた。

嗚呼、いつもの御主人だ、と。


# # #



「んー、朝は何が良いかしらね」

店が立ち並んだ道で、腕を組みながら悩む。

折角ジョウト一の最大都市に来たのだから、どうせなら美味しいのを食べたい物だ。

「……コガネ百貨店付近まで来たか」

百貨店で何かを買って、屋上で食べるのも良いと思った。

「でもやっぱ店よね。……ん?」

キョロキョロと店を探すと、百貨店の向かいに良い感じの店があった。

なんだか洋風の店で、テラスで食べる形式らしい。

「アソコにするか」

その言葉に、マリルは嬉しそうに尻尾を振った。

「いらっしゃいませー。こちらがメニューになります」
「……ん」

メニュー表を受け取ると、なんともお洒落な名前が並んでいる。

ただ単に、カタカナ文字が多いだけなのだが。

しかも、なんとポケモン専用のメニューまであった。

「じゃ、わたしはクロワッサンと珈琲にするわ。アンタ等は?」

メニュー表をポケモン達に差し出すと、一瞬キョトンとするが、理解すると直ぐ様メニューに飛び付いた。

ポケモンが文字なんか分かるのか、とか思ったがそこはメニューの写真で問題は無い御様子。

「早くしなさいよ」

動きの早さと決断力の早さは比例するようで、イーブイとレディバはすぐに決めて、他は優柔不断に悩まされているようだった。

分け合えば一番良いのだろうが、この三匹が自分の物を他のポケモンに与える事はまぁ無いだろう。

注文が決まる頃には、朝食から昼食へと変わっていた。

注文してから待つ間、もう少し頼んどいたら良かったと後悔する事になるのである。

人がそれなりにいる割りには注文の物がすぐに出てきたので少し驚いた。

「いただきます」

リナは手を合わせて一回頭を下げた。

これは姉からの躾の賜物だったりする。

まずは一口。

クロワッサンの表面に歯を立てると、サクリという音がした。

そして口に含むと、バターの風味が口一杯に広がった。

食感も、外はサクサク、中はしっとりとしていて中々の美味だった。

(ウマ……)

おもむろに珈琲を口に入れると、その美味しさに目を見開いた。

(こ、これは……! 深いコクと熟成された挽き立て豆の旨味が……!)

ただ苦いだけじゃない。苦味を旨味と感じる事の出来るナイスブレンド!

この店の美味さに魅了されているのはリナだけでは無いようだ。

ポケモン達も、その美味しさに、思わずがっついていた。

あのイーブイでさえも食べるスピードがいつもより早かった。

「御馳走様!」

満足したようにリナは食器を置いた。

「ここは良い店ね! 良い仕事してるわ」

いつになくリナのテンションが高いのは、感動に心踊らせているからだろう。

誰が作っているのか非常に気になってしまった。

「あ、ちょっとマリル!」

きっとマリルもリナと同じ事を思ったのか、店の奥に入っていってしまった。

「シャルフ以外はココで待ってて!」

すぐにマリルを追いかけると、厨房の方に行ってしまった。

(あんの馬鹿ッ……!)

面倒をかけられるこっちの身にもなって欲しい物である。全く。

厨房の方にそろりと入ると、マリルが誰かといるのが分かった。

「マリルゥゥゥ!」

手刀を振り上げ、マリルに思い切り迫っていく。

  が、その場の異常な盛り上がりに勢いを失った。

「……?」
「あ、お客様のポケモンですか?」
「え、えぇ、まぁ」
「凄く可愛らしいポケモンですね!」

きゃいきゃいと厨房の女性達がマリルを可愛がっているのを見て、呆気に取られてしまった。


「すみません。カントーから来たもので、ジョウトのポケモンが珍しく……」


女性達の間から近付いて来たのは、一人の男性だった。

しかしその男性は、リナを見つめたっきり固まってしまった。

不思議に思っていると、男性が一歩、また一歩とリナの顔を確認するように近付いてきた。

「え、な、何?」
「リナ……様!」
「え、何でわたしの名前……」
「私です。あの、ルナ様にお仕えしていた……」
「!」

ハッ、とする。

確かに、リナがルナの元へやってきた時に、まだお仕えの者やメイドがいた。

中でも、ルナの母から代々お仕えの者としてやってきたのが、この男性だった。

「大きくなりましたね……」
「もう11歳だもの」
「そんなに経つんですね……」

リナがやってきて、しばらくして、一緒に住む事を決めた時、ルナはお仕えの者やメイド達を解雇した。

理由としては二つあった。

一つは、丁度自分で物事をやりたかったから。

しかしあの時ルナはまだ9歳。一人暮らしなんてさせたらとんでもない。

だからお仕えの者である男性が断固反対したのだ。

二つ目は、お仕えの者やメイド達を自分という子供の分際で縛りたくなかったから。

まだ子供である自分が、世話をしてくる立場の人に指図なんてしたくなかった。

まぁ、そんな感じで解雇をしてしまった訳だが、それ以前に、料理や洗濯をマスターする必要があったので、それまではいて貰ったのだが。

「! そういえばあの味……貴方が?」

リナにとって、姉と並ぶ位によくして貰ったので、このお仕えの者だった男性には絶対的な敬意を持っていた。

「はい。御名答です。よくお分かりで」
「フフ。あんな美味しいの忘れないわ」
「有り難い御言葉」

そして男性もまた、ルナの母に少し似たリナの事を大層気に入っていた。

「ルナ様はお元気で?」
「ええ。元気も元気! ……3年前に旅に出た事で本当に元気になったわ」
「それは御手紙を頂戴して存じてます。3年前の旅でロケット団を壊滅させたのですよね。その際にお友達も作られて……。文面から楽しさが滲み出ていましたよ」

自分の事のように、本当に嬉しさが籠る声だった。

リナも嬉しそうに目を細めた。

「リナ様も今旅をなさってるんですか?」
「え。ああ、まぁね」
「きっとリナ様の旅も大層楽しい物となるでしょうね」
「どっちかって言うと波瀾万丈な気がするけどね……」
「ふふ。まぁ、マリア様だって、ルナ様だって、波瀾万丈でしたよ」
「あの屋敷にいた人は波瀾万丈に巻き込まれるのかしらね」

冗談めかして言うと、男性も可笑しそうにクスクスと笑った。

端から見れば笑い事では無いが、当事者にとってみたら笑い飛ばせる。

「あ、そろそろ混み合って来たわね。悪いわね、邪魔しちゃって」
「いえ。お逢い出来て本当に良かったです」
「また来るわね」
「はい。お待ちしております」

ヒラヒラと手を振り、御代を置いていく。

厨房を出て、店を出て、見た目を目に焼き付ける為に振り返る。

すると、大きな看板には『トマト喫茶』と描かれていた。


懐かしさが胸を包んだ
(ヤマトという名より、)
(トマトがしっくりくる)


131201

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